【イギリスの子育て】子どもの自立をうながす親子のかかわり

【イギリスの子育て】子どもの自立をうながす親子のかかわり

さまざまな歴史や風土をもつ世界の国々では、子どもはどんなふうに育つのでしょうか。この連載では、各国の教育や子育てで大切にされている価値観を、現地から紹介。今回は、イギリスに8年在住し、3児の出産と子育てを経験された浅見実花さんに話を聞きました。

人前で自分の子どもが褒められたら?

2010年から8年間、ロンドンで子育てをした浅見実花さんは、現地で多くの親子や教育関係者と接するうちに、人々の暗黙の了解として受け入れられている、さまざまな認識や価値観に気づいたといいます。

「日本の社会で子育てをしていると、知らず知らずのうちに、まるで子どもが自分の一部であるかのように振る舞っていることがあります。

たとえば、ほかのお母さんから自分の子どもが褒められたとき。『○○ちゃんは、しっかりしていていいですね』といわれると、つい『そんなことないですよ』と否定の言葉が出てしまう。私自身もそうでしたし、いまでも“あっ”と思う瞬間があります。

私たちは、他者との社会的な関係を重視するあまり、自分のことでそうするように、子どものことで謙遜したり卑下したりすることがあるのかもしれません。それは、私たちの意識のどこかに“子どもは自分の一部なんだ”という感覚が、そこはかとなくあるからだと思うんです」

浅見実花/専門はマーケティング・コミュニケーション、リサーチ、ライティング。大学卒業後、広告代理店に勤務。のちロンドンへ渡る。マーケティング&ファイナンス修士。8年の在英生活のなかで、3人の子どもを出産し、子育てを経験。現在は日本在住。著書に『子どもはイギリスで育てたい!7つの理由』(祥伝社)がある。
浅見実花/専門はマーケティング・コミュニケーション、リサーチ、ライティング。大学卒業後、広告代理店に勤務。のちロンドンへ渡る。マーケティング&ファイナンス修士。8年の在英生活のなかで、3人の子どもを出産し、子育てを経験。現在は日本在住。著書に『子どもはイギリスで育てたい!7つの理由』(祥伝社)がある。

一方、浅見さんが英国社会で気がついたのは、それとは別の反応だったといいます。

「現地の親御さんと接していると、そうした称賛も自然に受けとめている人が多数であるのに気がつきました。たとえば『○○ちゃんは、しっかりしていていいですね』といわれたら、『そうですね、○○も頑張っているんですよ』というように、むしろ子どもを肯定的に認める姿勢が見受けられます。

ささいな例ではありますが、実はこうした積み重ねが、最近よくいわれる“自己肯定感”にもつながってくるんじゃないのかな、と。もちろん、時として謙遜も必要ですが、子どもは親の言葉に敏感ですし、まだ世の中を知らないので、社会的な関係性や社交辞令も分かりません。何より、自分なりに頑張っていることをお母さんやお父さんに認めてもらいたいと思っているのではないでしょうか」

目の前にいる子どもは“私”ではない

子どものことで褒められても謙遜で否定せず、肯定的に認める姿勢。それはイギリスの多くの親が、自分の子どもをあくまでも別人格、つまり自分とは異なる存在なのだと、暗黙の了解として捉えているからではないかと浅見さん。

「やはり個人をベースにした価値観が、社会に根づいているんだと思います。だからこそ、自分の考えや気持ち、状況などを言葉によって相手に伝えることが求められるし、そういう“スキル”が何気ない日常のなかで繰り返し鍛えられ、磨かれていきます。

 
※写真はイメージです(iStock.com/Choreograph)

たとえば、何か問題を起こした4~5歳の幼児が、親の前で黙りこんでしまうとき。保護者たちは子どもに対して、自分の気持ちや状況を言葉で伝えるよう、口を酸っぱくして教えます。

『あなたがいまどんな気持ちなのか、私に教えて。そうすれば、私はあなたの気持ちを理解することができるから』

『何があったのか、大人に説明してごらん。あなたが説明することで、問題を解決することができると思うよ』

こうしたコミュニケーションには、多くの親が子どもを赤ちゃん扱いせずに、ひとりの個人として向き合う姿勢が反映されていると思います。彼らの“当たり前”を言語化しようとするならば、『親というのは未熟な子どもが自立していくプロセスを手助けすることだ』と表すことができるのかもしれません。

よく子育ての目的は子どもの自立であるといわれますが、子どもの自立をうながすには、まず親のほうが『わが子は自分の一部ではない』と認めることから始まるのかもしれません。英国社会に溶けこむうちに、そんなスタートもあっていいな、と思うようになりました」

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母親だってひとりの人間

イギリスでは、保健省が作成した「妊娠の手引き」と「育児の手引き」という公式のガイドブックが、ほとんどの母親の手に渡っています。浅見さんは、これによって、これまでの母親像が覆されるようだったといいます。

 
※写真はイメージです(iStock.com/damircudic)

「手引きには、妊婦の生活や体の変化、赤ちゃんのお世話のしかた、専門家のアドバイスなどさまざまな情報が紹介されていましたが、同時に、妊娠・出産の負の側面もつつみ隠さず書かれていました。驚いたのは、『親は子を本能的に愛せるわけではない』とはっきり書かれていたことです。赤ちゃんを温かい母性で包み込むようにお世話をする、と知らず知らずのうちにイメージしていた私にとっては衝撃的な内容でした。

さらに、親になるということは、私たちが本能的に知っているものではなく、経験や学習の中で、時間をかけて習得していく『スキル』であると書いてありました。そんなふうに励まされると、たとえ育児が最初から思うようにいかなくても楽な気持ちになりますし、少しずつでも経験を重ねることに希望が持てるようになります。

 
※写真はイメージです(iStock.com/petrunjela)

特に『パーフェクトな母親など、どこにもいません』と言い切るくだり、そのきっぱりとした姿勢というか、きれいごとや理想論では済まされないという態度には、逆に好感をもちました。

母親もひとりの人間にすぎないのだという当たり前の事実を、まさか政府に言ってもらえるなんて(!?)という感じ。初めて双子を出産したとき、体力的にも精神的にもきつい時期があったので、この政府の手引きを読んで、当時の傷が癒されるような思いがしたのを今でもよく覚えています」

柔軟な働きかたは「実践」するもの

柔軟な働き方に関する制度が年々見直されているイギリスでは、2014年、同じ雇用主のもとで26週以上働くすべての従業員が、自身の柔軟な働き方を雇用主に求める権利を持つことが、法律で認められました。

これにより、パートタイムやフレックスタイムだけでなく、在宅勤務、働く日数や時間の調整、ジョブ・シェアリング、勤務日数を徐々に落とす段階的な引退など、さまざまな選択肢が生まれていきました。

 
※写真はイメージです(iStock.com/filadendron)

「思わずうなってしまったのは、この法律が施行されてまもなく、子どもの通う公立小学校の校長が、自らこの制度を活用したときでした。

もう15年も校長を務めてきた女性でしたが、現場で彼女を引きとめる声があまりにも多いことから、希望していた早期引退がなかなか叶わずにいました。

それで彼女は、教頭とジョブ・シェアリングを行いながら、勤務日数を週5日から3日へ減らし、段階的に引退すると決断し、それを発表したのです。身近な組織のトップが、こうした制度を堂々と活用する姿は目鱗でした。

これを知った保護者たちは、一瞬ガヤッとざわめきましたが、同時に、自分たちもいつこうした制度にお世話になるかわからないので、早々に気を取り直していました。

また、翌年の2015年には、50週間の出産休暇は、母親か父親のどちらが取得してもよいという“共有育児休暇制度”も導入されました。当時ウィリアム王子など社会で影響力のある人が積極的に育児休暇を活用したことで、大きな啓発効果もあったといわれます。

今までにない革新的な制度や仕組みも、こうして社会で実践されてこそ意味があるのだと、改めて考えさせられました」

多様性への寛容は、実は国家の基本原則

現代のイギリスは、世界中からさまざまな背景を持つ人々が集まり、多様な社会を形成しています。浅見さんは、特にロンドンでは学校や地域コミュニティーそのものが多様であるため、子どもたちはあえてそれを意識するというより、むしろ当たり前のこととして捉えていると話します。

 
※写真はイメージです(iStock.com/FatCamera)

「イギリスでは、イギリスに帰化しようとする外国人に必須のテストがあります。このテストは、法律や歴史や文化について基礎知識を問うものですが、その中で『イギリスの基本原則』と呼ばれるものが5つあります。『民主主義』『法の遵守』『個人の自由』など、国家の根幹をなす原則がならんでいるのですが、実はそこに『異なる信念や信条を持つ人々への寛容』というのがあります。つまり、国民になるための原則に、多様性への寛容が要求されているのです。

公共放送であるBBCも、多様性を推進する強力な存在です。BBCの子ども番組に登場するキャストをとっても、まるで世界の縮図のようです。司会のお兄さんやお姉さんは、白人系、カリブ系、アフリカ系、中東系、アジア系など、世界地図をカバーするかのような人種的背景を持つ人たちで構成され、言語的にもイングランド地方だけでなく、ウェールズ地方やスコットランド地方の訛りをバランスよく取り込んでいます。

この司会者のひとりに、腕に障がいを持つ英国女優のキャリーさんがいました。彼女がレギュラー出演するようになって、ごく一部の親から『自分の子どもに、キャリーさんの腕について質問され、どのように答えればよいのか戸惑っている』という苦情も寄せられたそうです。結局、BBCは大勢の視聴者と障がい者団体に擁護され、キャリーさんの姿や児童心理学者のアドバイスを粛々と放送しました。『子どもたちは、誰かが“間違っている”とほのめかさない限り、自分の見たものを受け入れる傾向にあります』『子どもに聞かれた質問に耳を傾け、それに答えてください。“しーっ!”と黙らせることは大きな間違いです』『子どもたちはただ、質問にたいする理にかなった答えを知りたいだけなのです』というように」

また、浅見さんの子どもたちの通った公立小学校では、さまざまな宗教について理解する行事も行われていたそうです。

 
※写真はイメージです(iStock.com/VSanandhakrishna)

「たとえばキリスト教のクリスマスには、キリストの誕生にまつわる劇があったり、ヒンドゥー教の光の祭典ディワーリーには、ヒンドゥー教の親御さんを招いてお話しを聞いたり、ランプを制作したり、中国の旧正月にはライオン・ダンスが披露されたりします。

ある日、長男がヒンドゥー教の神々について話していたので、なぜ知っているのかと聞いたところ、学校で先生や友だちとくわしく話し合ったのだそうです。

そのとき、ヒンドゥー教のクラスメイトは、自分の知っている知識をみんなと“シェア”するよう先生から促されます。“教えてあげる”のではなく、あくまで、対等の立場でいっしょに学び合うことを前提としているそうです。

こうして、子どもたちは多様なありようを身近に感じながら、違いについて知り、受け入れるということを、自然体で学んでいきます。話し合いの中で、お互いの違いについて認め、理解し、それぞれが“自分は自分でいいんだ”という自己肯定感や健全な自信を育むことが奨励されているのです」


<取材・執筆>KIDSNA編集部

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