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【国語力を育てる】グローバル時代なのに日本語が大切なのはどうしてか
予測不能な時代を生き抜くためには、これまでの常識とは異なる「〇〇力」が重要になってくるだろう。そんな「〇〇力」を子どもが身につけるためには、親はなにをしてあげられるだろうか。今回のテーマは、国語力。英語が重要視されるグローバルな時代においても、国語は必要なのでしょうか。
早期の英語教育が何かと話題になる一方で、母語である日本語は全ての学力の基本になります。グローバル時代だからこそ育てておきたい国語力とはどのようなものでしょうか。
今回は、「子どもとことば」「絵本を通してのことばの発達」を研究し、『ハーバードで学んだ最高の読み聞かせ』(かんき出版)を著書に持つ大阪女学院大学・短期大学学長の加藤映子先生にインタビューしました。
国語力の現状はどうなっているのか
ーー加藤先生、今日はよろしくお願いします。まず、国語力とはそもそもどのような能力を表している言葉なのでしょうか?
加藤先生:はい。国語力を構成している要素とは、考える力、感じる力、想像する力、伝える力(表す力)の4要素があるとされています。考える力、感じる力、想像する力はまとめて「読解力」とも位置づけられています。そして語彙力や教養が、それらの力を支える基盤となっていると言われています。
ーー国語力といってもさまざまな要素が絡み合っているんですね。日本人の国語力の現状についてお伺いしたいですが、日本人の国語力は世界的に見てどうなのでしょうか?
加藤先生:残念ながら低いほうです。OECD加盟国を中心に15歳の子どもたちに行っている学力テストPISAでは、読解力・数学的リテラシー・科学的リテラシーの3つのテストを行いますが、読解力のテストは15位という結果でした。
また、読解力の中でも「文章の中から情報を探し出す」能力が低いことが分かっています。この点については多くの研究者が研究していますが、やはり読書量の少なさが原因としてあげられています。
実際に学生と関わっているなかでも、国語力の低下は実感する機会がありますね。配布された文章を読み解くことができずにすぐに聞いてくる学生や、そもそも文字を読みたくない学生も多いです。SNSも文章よりも画像や動画でのコミュニケーションが主流ですからね。
ーーそれはたしかにそうですね!文字を読まなくてもパッと見て分かるような情報がどんどん主流になりつつありますね。
加藤先生:そうなんです。言葉でのやりとりもかなり前から変容してきていて、LINEのやりとりでは「今からフロリダ」と言ったら「風呂に入るから離脱」という意味だとか(笑)。若者文化だからそれはそれでいいとは思いますが、言葉を正しく使うという意識があまりなく、自分たちが使いやすい言葉だけを使う傾向があるのかなと思います。
ーーそうですよね。大人でもそういう人は少なくないですよね。
加藤先生:そうですね。たとえば電化製品を買ったときに取扱説明書を読む人もあまりいないですよね。それも商品のホームページから動画で見る人も多いようです。
ーーたしかにその通りですね……。
加藤先生:国語力の低下は『AI VS. 教科書が読めない子どもたち』(著:新井紀子/東洋経済新報社)という本でも驚きの調査結果が書かれているので、2つ紹介します。
まず、全国の大学一年生で調査をした下記の問題です。
加藤先生:正しいのは①だけですよね。しかし正解率は低く、64.5%という結果となりました。論理的思考が苦手であることが分かります。
次に、全国の中学生・高校生が行った下記の問題です。
加藤先生:答えはもちろん①ですが、回答率は全国の中学生全体で38%、高校生で65%とものすごく低い。この問題はどこでつまずく人が多かったかというと、読解力の他にも「愛称」という言葉の意味が分からなかったのではないかと考えられます。
特に鍛えたいのは読解力・考える力・伝える力
ーーなかなか衝撃的な結果でした。昔の人と違って本を読まなくても他の楽しみがたくさん増えたことが原因のひとつかもしれませんね。小さい頃からゲームやスマホやタブレットなど、文章を読まなくても楽しめる娯楽が増えてますからね……。
結局、子どもが今の時代に必要な国語力を身につけるには、具体的にどのような力を育てていったらよいのでしょうか?
加藤先生:先ほども例にあげた読解力や、あとは考える力や伝える力を身につけたいです。
たとえばお盆や年末年始にはテレビのニュースで子どもたちにインタビューした様子が流れますよね。日本人の子どもは大体「たのしかったー」みたいに、一言で終わることが多いように思います。もしこれがアメリカだったら、きっと「〇〇で△△したのが楽しかった。なぜなら~」というように話が続くんですよね。
加藤先生:ただ、これまで日本の子どもは、アメリカのように自分の考えを伝えることを求められなかったし、期待もされてこなかった。むしろ、論理的に話す子どもがいたら「子どもらしくない」などと思われることもあったかもしれません。
しかし、この力は訓練次第で変えていくことができます。うちの大学でも、英語の授業ではテーマについて「自分がどう思うか」を必ず問います。一年生の初めのうちは「I think so too.」などと言う子が多いので、なぜそう考えるのかを自分の言葉で話すようにトレーニングしていきます。
そうすると、二年生になる頃には「becase~」と自分から考えを話すことができるようになってくるのです。すなわち考える力と伝える力が身についているということ。大学生でも遅くないので、小さいうちからトレーニングをすれば必ず身につけられますよ。
これまでの日本の教育では子どもに意見を聞いてあげることが少なかったけれど、聞かれたら意外と答えられるかもしれません。現在では文科省も子どもたちが主体的に学ぶことを重視する方針にシフトしてきています。先生が一方通行で教える学習から、子どもたちが主体となって学ぶ教育に変わりつつあるので、そこは今後期待できるかなと思います。
ーー学校では昔とは違って子どもがプレゼンをするような機会も増えているので、考える力と伝える力が伸びていくことを期待したいです。
英語を早くから身につけてほしいけど国語のほうが大事?
ーー一方、家庭では幼少期から英語を身につけさせてあげたいと考える親は多いですが、国語と英語はどちらを大切にしたらよいのでしょうか?
加藤先生:国語力があれば算数の文章問題も理解しやすかったり、そもそも教科書は全部日本語で書いてあるから、国語が得意だったら他の教科の勉強も進めやすいですよね。よく学生に「新しい言語を学ぶときは何から始めたらよいですか」と聞かれますが、やっぱり母語を確立していることが前提です。
ーーなるほど。そもそも教科書は日本語で書いてある、というのは納得です!それに何かを考えるときも頭の中で使うのは母語ですよね。
早期の英語教育については、先生はどのようにお考えでしょうか?
加藤先生:ご家庭でどのような教育プランを立てるのか、それ次第だと思います。もし幼稚園で英語力が身に付いたとしても、普通の小学校に入って英語を使わなくなると子どもはすぐに忘れてしまいます。子どもの脳はいらない情報をどんどん捨ててしまいますから。
小学校以降もインターナショナルスクールに入れる覚悟があるのかないのか、そこがポイントなのではないでしょうか。もちろん英語のアクティビティを早期から行うこと自体は反対ではありません。よく言われるように小さいうちは耳がいいので、英語の音を聞き取れるようになるのは事実です。
実際に、幼稚園のときに私と英語でペラペラと会話ができた子が、普通の小学校に行ったら日本語で返してくるようになった例があります。英語で話すことはできなくなっていても、私が話すことは理解していたので、幼稚園までの英語教育の成果があったことは間違いありませんし、それ自体はいいことですよね。ですので、まずは家庭によってどこまで目指すのか、考えてみてはいかがでしょうか。
ーーリスニング能力だけでも身についていたらいいなとも思いますが、普段の生活で英語に触れていなかったら、それもだんだんとできなくなってしまいますよね……。どこを目指すのか、どこまでやりきれるかを考えないといけないんですね。
加藤先生:そうですね。あとは、英語の幼稚園に通わせているお母さんから、「子どもは英語でしか絵本を読んでいないので、日本語の擬音の感覚が分からない」という話を聞いたこともあります。私立小学校の入試で文章を聞いて絵を描くテストがあったのですが、「雨がしとしと降っています。という文章を聞いても、イメージがつかなかったそうです。
ーーたしかに雨が降っている様子を表す擬音だけでも「ぽつぽつ」「ぱらぱら」「ざーざー」など色々ありますよね。
加藤先生:はい、それぞれニュアンスが異なりますよね。日本語はこのような擬音をたくさん持っている言語です。
小さいうちから英語を覚えることはもちろん悪いことではないので家庭の方針によりますが、それ以前に母語がしっかりしなければ他の言語を覚えてもどっちつかずになるので、まずは日本語をしっかりと確立することを推奨します。
クリエイティブな活動が国語力を育む
ーーでは、国語力を育てるには、どのような方法があるのでしょうか?
加藤先生:読み聞かせがすごく大切なことは皆さんなんとなくご存知かと思うので、まずはそれ以外の方法から紹介します。
国語力を育てるためには、クリエイティブな活動がいいと言われています。
おすすめの方法のひとつめは、お話づくりをすることです。私が以前アメリカの幼稚園で見たのは、5歳くらいの子がお母さんと別れるときにグズグズしていて。そしたら、そのお母さんは子どもを膝にのせて「じゃあお話作りましょうか。お話してみてごらん」と言うのです。
加藤先生:その子は「Once upon a time~(昔昔あるところに~)」と好きなように話を作りはじめ、お母さんはそれをメモを取りながら聞いてあげていました。そして、お話が終わる頃には、もう子どもの機嫌も直っていました。
ーーなるほど!お話づくりは親子のコミュニケーションにもなり、国語力や創造力も自然と身に付きそうです。
加藤先生:はい。ふたつめに、もう少し本格的な方法で親子で絵本を作ること。『6さいのきみへ』(著:佐々木正美/小学館)という絵本は、子どもが生まれてから卒園・入学するまでに「こんなことができるようになったね」「あんなことがあったね」と6年間の成長を振り返るストーリーなのですが、これをオリジナルで作ったら素敵だと思います。
絵が苦手だったら写真でもいいし、AIでイラストが描けるサービスもあります。子どもと一緒に「生まれた時は何グラムでこんな感じだったんだね」「はじめて保育園に行ったときはすごく泣いていたんだよ」などと振り返りながら作ったら、子どもも喜ぶのではないでしょうか。
ーーそれは是非やってみたいと思います!子どもにとっても宝物になりそうですね。
加藤先生:最後に、ものづくりをすることもおすすめです。たとえば、お掃除ロボットのアイロボット社創始者であるコリン・アングル氏の逸話があります。
コリン氏の半生を書いた『共創力』(著:大谷和利/小学館)という本でも紹介されていますが、彼が3歳の頃、家のトイレが壊れたときのエピソードです。彼はトイレが壊れる少し前に、身の周りの物の成り立ちが図解されている『How Things Work in Busytown』(著:リチャード・スキャリー)という本を読み、トイレの構造を見た覚えがあったようで、「修理を僕にやらせてみて」と言ったらしいのです。
普通のお母さんだったら「無理だよ」とか「危ないよ」と言うと思います。でも、コリンさんのお母さんは、「3歳にそんなことができるかな」と内心は思いながらも子どもの気持ちを優先して「じゃあやってみよう」と言ったんです。お母さんが横でその本を読んであげながら、コリン氏が修理を成功させたというのです。
ーー驚きのエピソードですね!多くのお父さんお母さんは、子どもの可能性よりも心配や面倒な気持ちが勝ってしまいますよね。
加藤先生:もちろんここまでできる方は少ないとは思いますが、ものづくりってペットボトルや空き箱などがあればできるし、それで子どもの想像力はどんどん広がりますから。
そして、その中で「どうしてこうするの?」と考えを聞いてみたりすることも大切です。ものづくりは考える力や読解力など国語の基礎と密接につながっていることが分かると思います。
また、コリン氏の家庭では毎晩決めたトピックについて、ディスカッションしていたと言っていました。子どもだからといって子ども扱いしすぎずに、社会的な問題や哲学的なことについても意見を求められたと。それが彼の考える力や伝える力を育んでいったのです。
ーー日本の家庭ではなかなかやらないことですよね。
加藤先生:そうですよね。ただ、そんなに難しく考えなくてもよいかもしれません。私の家族もテレビを見ながら「これはおかしくないか」などと議論が起こることが多いです。きっかけはテレビでも本でもなんでもよくて、まずはお互いに感じたこと考えたことを話すこと。普段の生活から少しずつ始めることはできるのではないでしょうか。
加藤先生:そもそも学びというのは知らないことを知ることで、本来楽しいことですから。国語力に限らずに子どもの可能性を信じて、どんどん広げてあげましょう。
ーーありがとうございます!後編では、絵本で国語力を育てる方法について教えていただきます。
Profile
加藤 映子
大阪女学院大学・短期大学学長/大阪女学院大学国際・英語学部教授。Ed.D(教育学博士)
大阪女学院短期大学卒業後、国際社会団体勤務を経て、ボストン大学に進学。ハーバード大学教育学大学院で教育学博士号を取得。同大学で「ダイアロジック・リーディング」に出合い、研究を重ねる。1998~2001年、フルブライト奨学生。専門分野は「言語習得」と「最新テクノロジーを活用する教育」。
現在は、「子どもとことば」「絵本を通してのことばの発達」を研究課題としており、絵本の読み聞かせにおける母子のやりとりや読み書き能力の発達に関する親の意識調査などを行う。一方で、教員を対象とした「子どものことばを育てる読み聞かせ」ワークショップも行うなど、日本における「ダイアロジック・リーディング」の第一人者として普及活動に尽力している。
季刊絵本新聞『絵本とことば』(H・U・N企画)への寄稿や、『世界一受けたい授業』(日本テレビ)に過去3回出演するなど、メディア出演多数。