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アーティスト・河井美咲が子どもに創作を「教えてもらう」理由
2002年からニューヨークを拠点に制作活動を行い、世界的に高く評価されるアーティスト・河井美咲さん。世界中を移動しながら、夫で写真家のジャスティンさんと、5歳の娘・歩虹(ポコ)ちゃんを育てる母親でもある彼女に、アートと子育ての関係、アートを楽しむコツについてうかがった。
2002年からニューヨークを拠点に制作活動を行い、その作品が世界的に高く評価され、MoMA PS1やボストン現代美術館などで個展を開催、「flyingtiger copenhagen」や「IKEA」など世界的人気ブランドとのコラボ商品も手がける日本人アーティスト・河井美咲さん。
ダイナミックかつカラフルで生命力に溢れる作品の数々は、「アートの何たるか」が分からずとも、子どもも大人も思わず笑みがこぼれ、魅了される。
ニューヨーク、ロサンゼルス、デンマークと世界中を移動しながら生活し、アートを作り続け、同時に6歳の娘・歩虹(ポコ)ちゃんを育てる河井さんと、夫のジャスティンさんに、既存の枠にはまらない独自の子育て方法と、アートの楽しみ方について話を聞いた。
世界的アーティストの作品は作る人も見る人も「playful」
――河井さんはアーティストとして世界中で活躍されていますが、現在のカラフルな色使いやポップな作風はいつ頃確立されたのでしょう?
河井美咲さん(以下、河井さん):小さい頃から絵を描いたり、工作をしたり、いつもなにか作っている子どもでした。
作風は昔からあまり変わっていませんね。大学生の頃から、トルコ、ネパール、タイなどを旅していましたが、大学卒業後にニューヨークに行って、そこで初めてインスピレーションをすごく感じて。さまざまなギャラリーに足を運ぶうち、「もっと美術を身体で感じたい」と思いました。
――河井さんの作品はすごく大きな立体作品や、観客が自由に触れられるものなどもありますよね。作品を「作る人」と「見る人」という風に分けるのではなく、鑑賞者も作品に参加して「一緒に楽しんでほしい」という思いが伝わってきます。
河井さん:大きな作品は見え方も変わるし、スケールが違って作るのも楽しいですね。大きすぎて家で制作できない場合は外に出て、自然の中で作ったりしています。
作品って普通は目で見ることしかできないけれど、視覚だけでなく触覚やもっといろんな感覚を使って遊んでくれたほうが、感じ方も変わって、見る方の楽しみ方も増えると思うんです。だから、私の作品は自由にじゃんじゃん触って欲しい。
――ジャスティンさんは河井さんの作品の魅力はどんなところだと思いますか。
ジャスティンさん:2007年に友人の勧めで個展で初めて美咲の作品を見たとき、すべてがplayfulで、遊ぶこと、楽しむことの喜びで溢れていると感じました。
どの作品も美咲っぽくて特別で、作ることが本当に好きなんだということがすぐに分かった。
河井さん:アートを作る人も見る人も、いちばん大事なのは、楽しむこと。私自身が作品を楽しく作ることはもちろん、私の作品を見た人たちが、しんどかったり大変だったりするときにも、ちょっと視点を変えられたり、大変だったけどよく考えたらおもしろいと思えたらいいなと。
私の場合は日々、おもしろいと思ったものは携帯のカメラで撮影しています。自分の好きなものをイメージ的に集めて、それを見ながら考えることもあれば、遊びでなにか作る中でおもしろいものが生まれることもある。
――では、最近河井さんがおもしろいと感じたものは何でしょうか?
河井さん:娘の歩虹(ポコ)にはいつもすごく驚かされるし、おもしろいなと思います。最近は本が好きなようで、自分でさまざまな本を作っているんです。
料理の本、ヨガの本、あとは「ももたろう」。うちには「ももたろう」の本がないので、私が話して聞かせたら、ストーリーから想像して絵を描いて勝手に本ができあがっていました。
あとは私がトイレの本を持っていることに刺激を受けてトイレの本を作ったみたいです。川にあるメンズ用トイレに、オーストラリアのカンガルーが描かれています。
「作りたい」という気持ちが湧き上がった瞬間を大切にする
――河井さんは作品制作もしながら、ジャスティンさんやポコちゃんとどんな風に一日を過ごされていますか。
河井さん:朝起きたら、8時くらいにみんなで朝食を食べ、私は中国語の勉強や、太極拳、ヨガをして、ポコは隣でそれを一緒にやったりしています。午後からは公園に行き、ポコが遊んでる間にジャスティンと仕事のことを話したりしています。
ジャスティンさん:大体朝にミーティングをして、次の展覧会は12月にイタリアで開催するので、ギャラリーの人たちと話したり、展覧会やワークショップの準備をしたりします。でもどんなときも、ごはんと公園は3人いつも一緒。子どものために一日のルーティンや時間を決めることは、すごく大事ですね。
――河井さんの横でポコちゃんも一緒に作品を作っているとお聞きしましたが、何故そのようなスタイルになったのでしょうか。
河井さん:とくに私がそうさせたわけではなくて、私が作品を作っていたら、娘も自然と興味をもって隣でやり始めた感じです。私が服のデザインを描いていたら、隣で同じ服に絵を描いていたり。
「なにか作りたい」という気持ちが湧き上がったとき、わざわざ家中から画材を探して用意するのではなくて、そこに行けばなんでも作れるように、ポコ専用のお絵描きテーブルがあります。
ペンや絵具、トイレットペーパーの芯など工作の材料になりそうものはいつでも子どもの手が届くところに置いておく。小さくてもいいから、そこに行けば自然と作品が作れる環境が大事だと思う。
おもちゃはあまり増やさず最小限にしたいけれど、作るための材料は必要だから、絵具、ペン、粘土などは買います。なるべくシンプルにするために「なかったら欲しいものは自分で作ったらいいよ」と言っています。
この前は海に行ってインスピレーション受けたようで、ポコが「お姉さんの着てる服を作りたい」「お姉さんぽい靴も欲しい」と言うので、「じゃあ紙で作ろう」と。キラキラさせるために透明の太いテープを使って、防水仕様です。
大人はあくまで子どもの助手に徹する
――子どもにアートをさせたいと思いながら、正解がないものだからこそ関わり方が難しいと感じている保護者も多いですが、アーティストである河井さんはポコちゃんに「これはこうしたら?」とアイディアを助言したり、「作って」と言われたら作ってあげたりすることもあるのでしょうか。
河井さん:なるべく自分でやらせるようにして、もし手を貸すとしてもなるべく私は助手っぽくなるよう心がけています。
たとえば、このコンピューターは私が手伝っていますが、どれだけ手伝ってどれだけポコにさせるかのバランスは、子どもをよく見て判断しています。
――ポコちゃんが作ることが大好きな様子が伝わってきます。日々仕事や育児に追われ、私自身子どものアートを「遊びの延長」と蔑ろにしてしまっている部分があるなと反省しました。
河井さん:わが家は壁の一面を展覧会のようにして、ポコの絵を飾っています。私も人の作った作品を見られるのは嬉しいから。ぜひおうち展覧会をして、壁を全部子どもの作品で埋め尽くしてあげてださい。
――自分の作った作品をご両親が大切にしてくれることも、もの作りを好きでいられることにつながっているのでしょうね。河井さん自身は幼少期、ご両親とどのような関わりを持たれていたのでしょうか。
河井さん:洋裁をしていた母は、カバンや人形劇の人形作りを教えてくれたり、2歳差の弟と私をよく美術館や観劇に連れて行ってくれたりしました。今も京都の人形劇団の舞台などの衣装を手伝ったりしています。
父は建築関係の仕事をしていましたが、時々絵を描いたりもしていて、私がつねになにか作っていたのはそういう両親の影響もあったように思います。
ポコにとっても私がなにかを作ることは特別なことではなく、日常。すべては生活の一部なんです。
子育てもアートも完璧を目指さないほうがおもしろい
――その他に子どもが作品を作る際に、大切にされていることはなんですか?
河井さん:子どもが全部決めて、自分がいいと思うものを作ることがベストかな。
もし、「ここができないからどうしたらいい?」と聞いてきたら、大人がすぐに答えを教えたり、全部やってあげたりするのではなく、一緒に考える。時間がかかるから、忙しい時はちゃっちゃとやって、すぐに結果を出したくなるけれど。
――アートに限らず、子どもの意志を尊重したいと思いながら「こっちのほうが早い」「こっちのほうがよい」など大人は合理的に考えて正解に誘導しがちですが、あえてそれをしないということですね。
河井さん:ここは絶対にできないというところだけ手伝ってあげて、5分でもいいから、子どもにもう少し考えさせてあげれば、次からは出来るようになっています。
あとは、服や靴が汚れたりキャンパスからはみ出したりしても、本当に他人に迷惑をかけたり、大けがにつながったりすること以外、なるべく自由にやらせてあげた方がいいと思う。
難しいときもあるけれど、そのためには時間の余裕が必要かな。
――子どもに絵を描かせたり、アートに取り組ませたいと思う反面、アートを特別なものと難しく捉えすぎてしまって、どうしたらいいか分からないという保護者が実に多くいます。河井さんのように「生活の中に当たり前にアートがある」という状態は、保護者としてはすごく発見で、いい刺激になると思いました。
河井さん:すごい作品を作ったとか、表面的な上手い下手とかではなく、アートを楽しんで作るその時間が一番大事。
成長するにつれ、自分の作品を俯瞰して見られるようになると「自分は上手く描けないから」と躊躇しがちですが、描いてみたら意外と楽しくて、いろいろと発見があると思います。
だから、アートは大人が子どもに教えるのではなく、自由に素直に楽しむ心を子どもに教えてもらったほうがいいのかもしれない。親が提案するより、子どもに決めてもらうほうが楽しそう。
――河井さんはインタビューなどでよく「もっと下手になりたい」と発言されていますが、大人になるとどんどん技術や知識が身について、本来の「純粋に楽しむ」アートからどんどん離れてしまいがちです。そういう瞬間をどう乗り越えているのでしょうか。
河井さん:私も娘のポコの絵を見て、やっぱり子どもは自由で「すごいなぁ」と思う。
例えばもし右利きでうまく描け過ぎたら筆を左手に持ち替えたり、足や口で持ってもいい。目隠しで描くのもいいでしょう。多分、完璧を目指さない方が、冒険はいっぱいあるから。
アート以外も、完璧を目指しすぎたらそこにたどり着けば終わりになってしまう。でも、人生って完璧じゃないからこそ、毎日、どんな状況も楽しむ方がおもしろいもの。
子育てに答えはなくて難しいけれど、なんでも楽しめば、無駄なことは何もないから。もっとみんなで冒険ができたらいいなと思います。
<取材・撮影・執筆>KIDSNA編集