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夫婦を縛るものの正体は?家族のかたちを問い直す【牧野紗弥×田中俊之】
「夫婦の不平等」を生む要因と、真の平等のためにできることとは何か?今回は、法律婚から事実婚への移行準備を進める3児の母でモデルの牧野紗弥さんと、男性学研究の第一人者である田中俊之さんに対談していただきました。
「私も仕事をしているのに、なぜ家事育児をすべてやらなきゃいけないんだろう?」
「夫と分担について話し合いたいのに、いつもかわされてしまう」
夫婦がお互いを理解し合えない要因、話し合いを平行線にしてしまう要因は何なのでしょうか。
社会全体で見ても、世界経済フォーラム(World Economic Forum:WEF)が2021年に発表した「The Global Gender Gap Report 2021」で、日本のジェンダーギャップは120位。
「男女共同参画白書 令和3年版」では、「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という考え方に賛成している男女は年々減少し、直近2019年の調査では女性が約31%、男性が約39%でした。
一方で、「第6回 全国家庭動向調査」によると、夫と妻が遂行する家事の総量を100としたとき、それぞれが分担する割合が妻83.2、夫16.8と、妻の分担する割合が圧倒的に高いことが分かっています。
こうした社会の状況はなぜなかなか変化していかないのか。
「夫婦の不平等」をテーマにした本企画では、現在、法律婚から事実婚への移行準備を進め、夫婦別姓を目指す3児の母でモデルの牧野紗弥さんと、男性学研究の第一人者である田中俊之さんに対談をしていただきました。
「夫が外で稼ぎ、妻が家庭を守る」からどう抜け出す?
――日本では、高度経済成長期にサラリーマンや専業主婦が誕生し、「夫は仕事、妻は家庭」という家族モデルができ、その後1985年の男女雇用機会均等法から共働き世帯が増えましたよね。それなのに夫婦の不平等が未だ深刻なのはなぜでしょう。
田中:「夫は仕事、妻は家庭」という分業を性別役割分業といいます。
共働きが増えても、女性の場合は非正規雇用も多いですし、正規雇用であっても男女の賃金格差は深刻です。たとえば女性がフルタイムで働いても、賃金の割合は10:7。それなら賃金が高い男性が仕事をメインに、とする家庭が多くなってしまいますよね。
だから、女性の就業率が上がった今でも、女性は無意識のうちに「家事・育児がメインの仕事」という社会のメッセージを受け取っていますし、男性は「自分は稼いでるんだから、家族に対する役割は果たしている」という考えから抜けられない人が多いのです。
だからこそ、特に夫側は「家事育児は免責されるべきで、家は休む場所だ」という理由からお手伝い感覚が抜けず、仕事に家事にと負担を抱える妻とぶつかってしまうのですね。
――そんな中、牧野さんのご家庭では、性別役割分業を脱する転機があったようですね。
牧野:はい。小学校6年生の長女と4年生の長男、6歳になる次男の3人を育てているのですが、約2年前、子どものことも家庭のこともすべてをひとりで抱え込んでしまい、いっぱいいっぱいになってしまって。
当時は家事はもちろん、小学校、幼稚園、保育園で習い事も生活リズムも異なる子どもたちのスケジュール管理や付き添い、プリントやメールに対応したりするのもすべて私。
夫に「あなたは全然やってない」と、話し合いをすることになりました。そうしたら、夫から「それなら、家事と育児を1週間やってみる」と提案があり、やってみることに。1週間後、「まだすべての流れを把握できていないので、延長させてほしい」という申し出があり、合計2週間担当してもらいました。
その期間を経て、夫は「紗弥ちゃんは24時間スイッチオンの状態だったのに、自分はそうではなかった。知る機会をくれてありがとう」と言ってくれて、家事育児を積極的に取り組むようになりました。
同時に私は、これまでの苦しみの原因は自分の中で“女”や“妻”の役割というジェンダーバイアスに縛られていたからだと気づき、ハッとしました。
牧野:夫が変わってくれた一方で、母との考え方の違いには今も悩んでいて。
うちに来たときに、夫が朝ごはんの支度をしているのを見て「あなたも動きなさいよ」と注意されたり、「あなたがこうしていられるのは、彼が稼いできてくれるおかげなんだから」と言われたりしてつらい気持ちになることもあります。
母は母なりに、自分の体裁や、夫の両親との付き合いなど思いがあるのだと思いますが、母の事情は考え過ぎずに「私は私」「うちのスタイル」という軸で行くしかないと。夫婦の関係改善のためには、強い意志が大事だと思って自分の親にも向き合っています。
思いを言語化しなければ夫婦の関係は積み重ならない
――2週間の家事育児の期間を経て、牧野さんは夫婦のコミュニケーションでどんな変化がありましたか?
牧野:私が“女”や“妻”の役割というジェンダーバイアスに縛られていたように、夫も夫なりに“男”や“夫の役割”に縛られているはずです。
だから、自分の思いを言語化して積極的に伝えるようにしています。それが私と夫がこれまでおろそかにしてきたことだし、お互いをがんじがらめにしているものを取っ払うために必要なことだと思うのです。
私が10個言ったうちの1個しか引っかからないこともわかっているけど、伝える。それと同時に、「ありがとう」「うれしい」という感謝も伝えるようにしています。子どもたちにも、「パパが今ママに大好きって言ってくれたよ、めっちゃやる気になるわ」と言ってみたり(笑)。
牧野:夫は「そんなことわざわざ言わなくてもいい」とか「言葉にしなくてもできるコミュニケーションはある」と言いますが、「あなたは大したことだと思っていないのかもしれないし、照れくさいのもわかるけど、それでもあなたの気持ちが知りたい」と根気強く夫の感情を引き出すことをまず意識したんです。
夫は男きょうだいで育ったからか、特に自分がいやだと思うことを言葉に表すのが苦手なようです。
田中:男性は社会の中で「競争に勝つ」ことを求められるので、常に合理的に考えて、生産性高くやるためには、感情は邪魔になります。だから、幼い頃から、弱音を吐いたり、涙を見せたりすることが禁じられているんですね。
たとえば、良い大学に行った方がいいと言われてきたことに対し、なぜだろう?と考えるだけでも回り道になってしまう。自分は絵を描いていきたいと思っても、「お金にならないよ」とか言われると、そういう選択肢はあってはいけないんだと思うものですよね。
社会的な地位を得て、稼がなければ男はだめなんだという縛りがある限り、なかなか抜け出すことは厳しいですよね。
牧野:まず、女性も男性が苦しんでいること、男性という役割に縛られているものを理解して、自分の気持ちを伝えるだけでなく相手の気持ちもたくさん聞いてあげて、言葉にしてもらうとすることが大切だと思いました。
それこそ、お互いが尊敬し合える関係をつくろうと思うからこそできることだから。
子どもにもジェンダーバイアスを植え付けないために
牧野:私も夫もジェンダーバイアスに縛られないことと同時に、私は子どもに対してもタブーをつくらずオープンに話すことも大切にしています。
だけど気を付けているのは、夫や家族を悪く言わないことと、先入観を与えないためにきちんと説明することです。
この間、息子が伸びた髪を結んだ際に「女の子みたいじゃん」と言っていて、すでに“女らしさ”“男らしさ”に縛られたものの見方をしているということに気づきました。
「将来、あなたが男の子を好きになるかもしれないし、そういうお友だちがいるかもしれない。世の中にはお父さんが2人いるおうちもあるんだよ」と伝えましたが、子どもがテレビやネット、街の風景からいろんなことを読み取っているんだということを痛感しました。
田中:でも、実はメディアも少しずつ変化しているんですよね。
たとえば、最新の「仮面ライダー」はピンク色を基調としています。5歳の息子もそれを見て素直に「かっこいい!」と反応していました。
田中:それから、僕が教えている大学の学生が卒業論文で、『結婚できない男』と、13年後に作られた続編『まだ結婚できない男』のセリフを書き出して比較する研究をしたところ、時代による表現の変化がわかったのです。
13年前には、「あの人は変人だから結婚できないんだよ」といったセリフが当たり前のように出ていたのですが、続編ではそういった「独身いじり」がかなり減っていました。阿部寛さん演じる主人公のセリフも、ジェンダー面でかなりアップデートされています。
牧野:それはすごい!
田中:そのような変化は確実にあるのですが、一方で『サザエさん』を見ていると、波平さんが「かあさん、新聞」と言って取りに行かせるシーンなんかがあるんです。となりで見ていた長男に「新聞くらい自分で取りに行けばいいのにね」と話しかけると、「そうだよね」と答えるんですよね。
ジェンダーバイアスはすぐにはメディアからなくならないけれど、親の考えを伝えたり、いろんな可能性を示したりすることで、子どものものの見方にさまざまな視点を与えることは可能なのかなと思っています。
「社会がこうだから仕方ない」ではなく「うちのやり方」を
――女性側も、仕事と家庭の両立で大変ですが、田中さんのお話を聞くと、男性側も社会では「大黒柱」「稼ぎ頭」であることを、家では家事育児の参加を求められ、お互いに板挟みになっているのですね。
牧野:私は「ジェンダー」という言葉に出会って、これまでに抱いてきた違和感をひとつずつ言葉にして整理していった結果、法律上は離婚して事実婚に変え、夫婦別姓にする決断をしました。
私にとって、事実婚はようやく自分の幸せをちゃんと面と向かって考えた結果のひとつ。
そもそも結婚は“生もの”で、きっと決められた家族のかたちなんてない、家族をつなぐものは「名字」ではなく「尊敬し合える関係性」だと思ったんです。だから私たち夫婦は、「自分たちらしい家族のかたちを作り上げよう」と。
今は、家族全体だけでなく個人の幸せもいっしょに考えたとき、夫や子どもたちとの関係性をどうアップデートできるんだろう、笑顔をどう保っていけるんだろうと思いながら、夫婦で模索している最中です。
田中:事実婚というのは法的な意味では結婚ではないだけで、家族のバリエーションのひとつだと思うのです。
多くの人は「結婚したから安心」と思いがちですが、肩書きが固定されたからといって、人と人の関係性が安定するわけではない。
だからこそ、関係をより良いものに育んでいくことが大切で、お互いを信頼できていれば、どんなかたちであれ、関係性は変わらないわけだから。
牧野さんの選択は、目の前にいるパートナーと向き合って、どんな関係でいたいかということを真面目に考えた結果だと思うのです。それが個人の幸せにもつながるし、夫婦のジェンダー平等にもつながっていくのだと思いますね。
牧野:でも、いくら自分と夫の関係がアップデートされても、やっぱり社会システムはまだ追いついていなくて、その中で戦わなくてはいけないというつらさはありますよね。
特に、田中さんがおっしゃるように男性が競争社会にあって、常に上を目指さなきゃいけない、常に稼がなきゃいけないというジェンダーバイアスがある限り、夫側はつらいですよね。すぐに夫婦が平等になることは難しい。
でも、すべての男性がその社会システムから降りていいよということではなくて、そういう社会システムやジェンダーバイアスは変えられなくても、妻との関係性は別のところで構築すべきですよね、きっと。
田中:僕の言いたいことはまさにそれです。
つまり、社会の中でまだまだ男女格差はあるんですよね。賃金格差や非正規労働者の割合、女性役員の比率など、問題は山積みです。
社会と個人とを分けて考えたときに、やっぱり社会の方が変わるスピードが遅いから強敵なんですよね。
だからこそ、自分ができる範囲で変えていくことが大切で、「社会がこうなんだから、うちの家族も仕方ない」ではなく「社会の中に男女の不平等はあるけど、うちはこういう風にやっていく」という自分たちなりの家族像・夫婦像をつくっていくことが必要なのですよね。
そういう意味では、組織を変えようと戦うのではなく、環境を変えるために逃げてしまうのもひとつの手だと思います。
会社の文化が男社会で、女性のキャリアアップが難しい環境ならば転職してもいいだろうし、夫が「男は仕事、女は家庭」という価値観なら関係を解消してもいいわけで。
牧野:うちはこういうスタイル、というのがそれぞれの家族にあって、すべてが認められ、受け入れられるといいですよね。
ところで、性別役割分業や家族観・夫婦観に縛られているのは日本だけなのでしょうか?
海外では柔軟な夫婦のあり方が認められているように感じるのですが……。
田中:夫婦の制度ということで言えば、同じ姓にしなければいけないのは先進国の中でも日本くらいです。しかし一方で、アメリカやヨーロッパは姓を選べますが、実際のところは、アメリカは約70%、イギリスは約90%の女性が夫の姓に合わせていることがわかっています。
このことからも、男性が「主」で女性が「補助」だという価値観は世界的にあるものだと言われています。
田中:日本でもこうした真の男女平等は究極の課題ですが、まだそのレベルに達しておらず、その前に分かりやすい不平等を是正していく段階です。
男性が「主」で女性が「補助」である限り不平等ですから、会社でも女性はケアやサポートの役割を担いますし、国会議員に女性を増やすという議論は起きても、初の女性首相誕生ということになると「首相は男でないとだめだ」と反対する人が多かったりするものです。
夫婦がお互いに自己肯定感をもって自分の人生を生きる
――まだまだ性別役割分業やジェンダーバイアスはなくならないとなると、夫婦それぞれに必要なことはどんなことでしょうか。
牧野:社会は変えられなくても、自分たちなりの夫婦や家族のかたちでいること、それが叶う環境を探すということは、裏を返せば、自己肯定感が高いからできる行動だと思います。
そういう意味でも、私が事実婚を選んだ経験を通して、子どもたちには生き方にいろんな選択肢があることや自立することの大切さを伝えたいです。
田中:そうです。それと同時に、女性も男性と同じくらい昇格できたり、役員になれたりして仕事をコントロールできる立場に立てれば、社会はもっと変わるわけですよね。
女性が経済的にも社会的にも自立していくということも、非常に重要なことだと思います。
牧野:本当にそうですよね。
私も最初はそうでしたが、どこかで「自分勝手かもしれない」という思いが芽生えてしまって。子どもを預けるしかないときも、ごはんをつくれないときもたくさんあって、周囲の人からはかわいそうだと何度も言われました。
事実婚という選択も自分勝手だと言われてきたけれど、やっぱり100歳まで生きると考えたら、私は子どもの人生を歩むわけじゃないし、夫の、母の人生を歩むわけではない。
家族でたくさん話をする中で、子どもたちも「ママにはママの人生がある」と理解してくれるようになりましたし、家族一人ひとりが自己肯定感をもって自立して、自分らしい生き方をすることは悪いことではない、と今は思います。
田中:世の中の価値観は時代とともに変わるものです。
昔は、洋服はお母さんが手縫いするのが当たり前だったけれど、今そんなことをする人は少ないじゃないですか。ベビーシッターや家事代行のサービスを使うのも当たり前になってきているし、コロナ禍でテイクアウトをして、家でもおいしいごはんが食べられるようになった。こんな風に、これからもどんどん変わってくると思いますよ。
そうして少しずつ社会の手を借りながら、妻は妻自身の、夫は夫自身の幸せを追求しながら、自分たちらしい夫婦・家族のかたちをつくっていけるといいですよね。
<取材・撮影・執筆>KIDSNA編集部