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【仁禮彩香/前編】教育の大前提は自分を理解し自らの目標のために学ぶこと
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小学校1年生で学校の設立を働きかけ、中学2年生で起業、高校1年生で母校のインターナショナルスクールを買収した23歳が注目を集めている。若き教育改革者は、現在の教育の課題はどこにあり、教育の本質はどうあるべきだと考えているのだろうか。株式会社TimeLeap代表取締役の仁禮彩香さんにインタビューした。
アクティブラーニングやデジタル化推進を掲げた教育改革が始まり、コロナ禍でのオンライン教育も注目を集め、“教育のあり方”が改めて問われている2020年。
新しい学びのスタートを切った学校、そして子どもと保護者それぞれが新しい道を手探りで走る中、「どういう人生を生きたいか」というゴールをしっかりと定められないままでは、本当に必要な教育を選び取ることができず、迷走を続けるだけかもしれない。
「ゴール設計は一人ひとり違うもの。ゴールを定めるためにはまず、自分がどういう人間なのか、どういう方向性で生きていきたいのかを知る“自己認識”が大切。
自己認識を得るために人や社会と関わり、実践を積んでいく機会が現代の教育では絶対的に不足している」
そう語るのは、株式会社TimeLeapの代表取締役を務める仁禮彩香さん(以下、仁禮さん)。
中学2年生で教育関連の会社を立ち上げ、23歳の今も教育の形を変えていこうと行動し続けている若き教育改革者の仁禮さんは、未来でどのような教育を実現したいと考えているのだろうか。現在感じている課題や、目指す教育の形について聞いていく。
「自己認識」抜きに教育はできない
仁禮さんが初めて起業したのは中学2年生のとき。同じインターナショナルスクールの小学校の卒業生たちと、学校コンサルや研修開発を行う教育関連の会社を立ち上げた。
そして高校1年生のときに、母校である湘南インターナショナルスクールを買収し、経営に携わるようになる。
その後、一社目の事業を次世代へ引継ぎ、自身は新しいスタートを切るため、20歳のときにHand-Cを設立し、2019年に現在のTimeLeapに社名を変更。
国内外の著名なメンター陣と小学校5年生~高校3年生の生徒をつなぎ、起業家教育プログラムを実施している。
――教育関連の会社をふたつ立ち上げ、教育のために行動してきた仁禮さんが考える、“本質的な教育に欠かせないもの”とは?
教育に絶対に必要なのは子どもの“自己認識”。
つまり自分がどういうことを好きで、どんなことが苦手なのか、どんな傾向を持っている人間なのかを理解するということです。
本来は自己認識をした上で、なりたい自分の姿=目標を定めて、それを達成するために勉強をするのが教育の形。
“何のために勉強をするのか”という問いは、学童期や思春期の子どもが必ずといっていいほど考える普遍的なテーマですが、その設計を本当はひとりひとりが自己認識をもとに定める必要があるんです。
定めたゴールが違えば、そこまでの道のり、つまり必要な勉強の内容もそれぞれ違うはずなのに、現状はどの生徒も一律にテストで点を取るために勉強していたり、勉強をすること自体が目的になってしまっている。
これでは本質的な教育は実現できません。
自分で自分を理解した上で、どういう方向性で生きていきたいのかをイメージできないと、人生の目標も決められないですよね。
中学生や高校生くらいの年齢は特に、発達段階でいってもアイデンティティ形成の時期に差し掛かっている。「自分ってどんな人なんだろう、何者なんだろう」ってことに興味を持ったり悩んだりするタイミングなんです。
そこでその答えを見つけるサポートをしてあげる必要があるのに、日本の学校教育の中にはその枠組みが全くない。
自己認識するためには、人に「あなたはどんなことを考えてるの?」と聞いてもらう機会が必要だし、さらにいえば頭の中だけで「自分はどういう人間なんだろう」って考えていてもわからないんですよね。
結局は何かを実際にやってみることが必要不可欠で、その体験から「これは向いてない」とか「私はこれに関しては天才かもしれない」というものごとに出会っていく。
その上で「これだったら人の役に立てるかもしれない」「こういうことがやりたかったんだ」って徐々に自分自身のことがわかってくるものだと思うんです。
その体験を積むために“実践する機会”がもっと必要で、アクティブラーニングやPBL(Project-Based Learning)などの形でやろうとしている教育機関が増えてはいますが、まだ一般的にはなってない。
自己認識というのはどの子どもにも必要なことなので、家庭や民間での教育に依存するのではなく、公教育の中で誰もが当たり前に身につけられるものとしてあるべきだと考えています。
社会全体が「自分の人生を生きていく力」を考え始めた
――仁禮さんご自身も「教育システムの根本的な改革をしていきたい」という目標を掲げていますが、現在の教育改革と共通している点や全く異なる点はありますか?
正直にいえば、今の日本がどこを目指して教育改革をしているのか、細かいところは明確ではない気がしています。
たとえば教育に関しては文部科学省と経済産業省のどちらも提案を出していますが、それも完全に一致しているわけではない。
どんな風にリーダーシップをとって民間と協力していくかというところも、まだ対応がはっきりできてない部分がありますよね。
でも以前よりは踏み込んだことに挑戦し始めたなという兆しは感じていて、国でも新しい事例を作ろうとしているので、これからわかってくることもあるでしょう。
ただ、教育に情熱をかけている人たちの想いは、最終的にはいっしょだと思います。
「ひとりひとりが自分の人生をどう生きたいのかを考え、自分の幸せを生きていく」という方向に教育の舵を切ろうとしていて、そのために国も民間もそれぞれが提案を出していこうという動きができつつあると感じています。
私の会社で行っている起業家育成プログラム TimeLeap Academyも、子どもたち一人ひとりが「自らの人生を切り拓く力を身につけてほしい」と思って始めたものです。
――起業家を育てることが目的のプログラムではないのでしょうか。
起業家を育成するというのは、あくまでも手段。
たとえば仕事をすることも、自分が何かを学びながらアウトプットして、そこから対価を得るというひとつの手段ですよね。
お金だったりやりがいだったり、自分にとって価値あるものを得て自分の人生を生きていくための手段として、すべてのものは設計されている。起業家教育も同じです。
かつ起業家という題材が教育として成立しやすいのは、「実践を行いやすい」というメリットがあるからなんです。
ものの価値を自分たちでゼロから作って世の中に出して、誰かに価値があると思ってもらえばお金というフィードバックが返ってくるし、価値だと感じてもらえなければ返ってこない。
返ってこなければ今度は「魅力がうまく伝わらなかっただけなのか?」「ものの魅力自体が足りないのか?」といろんな要因を考えて、実際の経験の中でどんどん失敗を繰り返したり成功体験を育んだりするできる。この“実践”がすごくやりやすいんです」
――仁禮さん自身もそうして実際に学んでこられた部分が大きいですか?
そうですね。中学2年生のときに起業して、社会の中で実践しながら学んできたことは多かったので、その経験はTimeLeap Academyを始める動機になりました。
これは公教育の中に“実践する機会がない”という話とも通じていて、実践する場所があることで、自分のことを知ることができる。
つまり自己認識を得る場としても機能しているんです。
実際にTimeLeap Academyでは“自己認識” “社会接続” “才能発揮”の3つを掲げて教育を行っています。
“社会接続”というのは人とのつながりの中でコミュニケーションをとりながら、発信したりフィードバックをもらったりして、自分という人間や社会とどう関わっていきたいのかについて知ること。
つまり“社会接続”は実践の場であり“自己認識”のために必要なものとして、このふたつはセットで考えています。
もうひとつの “才能発揮”は、自分が才能を発揮することで誰かをよろこばせられるということが、本人の生きるよろこびや実感になる。
自己肯定感を育むために必要なことと位置づけています。
――“実践の場を子どもに提供したい”、その形を考えた結果が起業家教育だったのですね。
「心理的安全性の確保」がオンラインの課題
――TimeLeap Academyの授業は完全オンライン制で行われていますよね。実践してみてどのような効果を感じていますか?
わかりやすいオンライン教育のメリットからいうと、まずひとつは場所の縛りがないこと。実際に北海道やフランスに住んでいる生徒がオンラインで授業を受けています。
また、メンターとよばれるさまざまな分野のプロフェッショナルの方に授業をしてもらっているのですが、海外の方でも日本に足を運ばなくていいし、忙しい方でも出張の合間などに時間を割いてもらいやすい。
そのあたりのハードルが下がったことはすごくよかったなと感じています。
また、画面越しでも人が語るときの熱量が十分に伝わることは新しい発見でした。
オンラインだからといって温度のない単調な授業にはならず、双方向のやり取りでしっかりメンターの熱意は伝わるなと感じています。
ひとりひとりの生徒の顔もオンライン授業だとよく見えますよね。録画しておけば表情から授業のどんなところに反応したのか、その子の感性や個性などのフィードバックを得られて可視化しやすい。
今は人間の目視でやっていますが、いずれはAIで認識して生徒のサポートにつなげていくこともできるのではないかと思っています。
一方で、難しいと感じているのは、子どもたちの心理的安全性を確保することです。
小学5年生~高校3年生の生徒たちは多感な時期ですし、感受性も豊か。メンターが感性を揺さぶる授業をしたときに起こるのはよい反応だけではなくて、一時的に自分のふがいなさを感じてネガティブになってしまったりもする。
そんな彼らをサポートするときに、気持ちを正直に話してもらえる関係性を築きにくいと感じることもあります。
――自然体の自分をさらけ出してもらうことが、オンラインでは難しいということでしょうか。
彼らが私たちに心を開いて「今調子がよくない」とか、逆に「こんなことひらめいちゃった」と素直に話せる状況にするには、“しゃべりやすいな” “安心できるな”って感じてもらって信頼関係をしっかり築く必要がある。
そういう関係は実際にいっしょにいて、ぬくもりを感じられる距離で話す方が当然作りやすいんですよ。
なので今はオンラインで心理的安全性を確保するために、授業外の時間に生徒ひとりひとりと1対1でしっかり話す時間をとっています。
でもやっぱり、会えたらいいなと思うことはありますね。本当は彼らの横にいてあげて、「今日のワークどうだった?」って話をしたりとか、授業中に表情が曇ってる子がいたら休憩時間に隣に行って「さっきの授業わかった?」ってさりげなく聞くことができたらいいなと。
――日常でのふとした声かけが子どもとのコミュニケーションにおいては大切ですよね。
オンライン授業だと必要な時間につながるだけで、そういった何気ないやりとりができる余白の時間がないですからね。その難しさはあります。
――オンライン教育を学校教育に積極的に導入した場合、どのような変化があると予想されますか?
何かの情報をインプットするということはオンラインで十分に効いているなと思います。
今も実際に「YouTubeで動画を見て勉強した方が頭に入ってくる」と話している子も多いんですよね。動画で作られている授業は徹底的に工夫されているので、話も上手だしわかりやすい。
だから先生が今対面授業で行っている教科の学習は動画で済ませることが可能で、それでもわからないことや、心の不安などをフォローできる人、横にいてくれる人が別に必要になってくる。
新しい学びの場では大人の立ち位置が変わるのではないかと思います。
どちらかというと子どもの学習が円滑に進むよう支援するファシリテーター的な人が学校で生徒といっしょにいて、先生とよばれていたような人、TimeLeap Academyでいうメンターのような人はオンラインで授業ができるので、近くにいる必要はなくなるということです。
――画面越しで知識と熱意を届け子どもの視野を広げる人と、近くにいて心理的安全性を確保し子どもの学習とメンタルをフォローする人の両方が必要になるということですね。
うちのスクールは“起業家教育をオンラインで受ける”ということにその子の特性が合うかどうかというのを見極めて受講者を選別しているのですが、それでも個人によって差がありますし、仮に学校教育の場合はもちろんオンライン授業に向かない、消極的な性格の子もいるでしょう。
だからこそひとりひとりをフォローアップすることは、オンライン教育においては必要不可欠だと思います。
TimeLeap Academyにおける1対1の面談の時間では、ただ「やりにくく感じることはある?」と投げかけるじゃなく、「あなたの様子を見ていてこう感じているのかなって思ったんだけど、どう?」といったようにポイントをついた形で質問をして、生徒が「実は……」と打ち明けやすいような工夫をしています。
多様な特性を生かせる教育システムを実現したい
起業家教育を実践していて感じているのは、社会の中で価値を生み出すことは年齢に関係なくできるということ。
TimeLeap Academyで子どもが実際に事業を作って社会にアウトプットするということをこれからどんどん進めていきますし、実際に起業している子もアカデミー生にはいます。
私自身の経歴もその実例のひとつですよね。社会に出て実践することの大切さを、TimeLeap Academyで証明していきたいです。
――仁禮さんが最終的に目指している理想の教育とはどのようなものですか?
まず本質的な教育のために“自己認識ができる”というのは、もう本当に実現しなきゃいけないと思っています。加えて実現したいのは、教育の多様化。
小学生が6年間同じ箱の中で一律の授業を受け続けるというのは「子どものためを思ったら本当にベストですか?」と思います。
大人のライフデザインについては世の中のいろいろなところで取り上げられているのに、子どもたちの時間に対するリスペクトがなさすぎる。
子どもの時間がどのくらい学校に費やされているかを考えれば、「それでいいの?」と感じるところ、変えなきゃいけないところはいっぱいあるはずです。
子どもが自己認識をした上で、個々にあわせて選べる選択肢がもっと増えてほしいと思うし、それぞれの特性にあわせた学びができる、いろんな幅で自分の才能を楽しみながら学べる教育システムであってほしい。
一番の理想は、子ども自身が楽しいと思って、学校での学びに時間を使えることですよね。だってつまんないと思いながら毎日6時間も通うなんて拷問じゃないですか。
よい時間の使い方を子どもたちが選択してできる教育・社会になってほしいし、自分の手で実現していきたいと思っています。
次回の後編では、仁禮さんが幼少期に受けた教育や、小学校1年生で学校教育に疑問を持った背景、親子の関りについて聞いていく。
<取材・執筆>KIDSNA編集部