私たちを苦しめるジェンダーバイアスの正体【太田啓子×清田隆之】vol.1

私たちを苦しめるジェンダーバイアスの正体【太田啓子×清田隆之】vol.1

私たちがつい口にしてしまう「女らしさ」「男らしさ」とは何だろう。社会が決めたあるべきらしさ、性別による役割に今こそ「No」をつきつけようと声をあげる人が増えている。今回は弁護士の太田啓子さんと文筆家の清田隆之さんにお伺いし、ジェンダー問題を紐解いていく。

「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」

これはフランスの女性作家で哲学者のシモーヌ・ド・ボーヴォワールが、70年近く前に著書『第二の性』の中に記した有名な一説である。

私たちは「女らしさ」を生まれながらに持っているのではなく、社会の中で決められた役割や固定概念としての「女らしさ」を求められ、演じているだけに過ぎないという考え方だ。

「女らしさ」「母親らしさ」といった言葉は、ほめ言葉として使われることもある一方で、少しでも逸脱すると「女らしくない」「母親らしくない」と糾弾されることも多い。

こういった、社会が決めた「男らしさ」「女らしさ」に基づいた偏見がジェンダーバイアスであり、日本でもジェンダーバイアスに息苦しさや疑問を感じる人たちが声を上げ始めている。

しかし、この問題を考えるとき、「自分自身の中にもジェンダーバイアスがある」ことを認めざる得ない。

そこで今回は、どういった段階を経てジェンダーバイアスが形成されていくのか、そして自分の中のジェンダーバイアスとどのように向き合っていくべきかについて、弁護士の太田啓子さんと、文筆家の清田隆之さんにお伺いし、紐解いていく。
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左:清田隆之(きよたたかゆき)/筆業。恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表。 著書に『さよなら、俺たち』(スタンド・ブックス)『自慢話でも武勇伝でもない「一般男性」の話から見えた生きづらさと男らしさのこと』(扶桑社)などがある。https://twitter.com/momoyama_radio。右:太田啓子(おおたけいこ)/弁護士。2002年弁護士登録(神奈川県弁護士会 湘南合同法律事務所)
日本弁護士連合会両性の平等に関する委員会委員、神奈川県男女共同参画審議会委員等経験。一般民事事件、家事事件(離婚等)を多く扱う。著書『これからの男の子たちへ「男らしさ」から自由になるためのレッスン』(大月書店)『憲法カフェへようこそ』(共著、かもがわ出版)など。二児の母。
https://www.bengo4.com/kanagawa/a_14205/l_128436/

自分の中の「よき母親像」というジェンダーバイアスを壊す

ーー「ジェンダーバイアスをなくしたい」と考えているのに、日常生活の中で自分の中にもバイアスがあると感じることがあります。お二人は、ご自身の中にもジェンダーバイアスがあると感じられることはありますか?

太田啓子さん(以下、太田さん):私の中にもすごくありますよ。私は今46歳で、父親が大黒柱で母親は専業主婦という家庭が多かった世代です。

父は長時間労働が当然のサラリーマンで、平日に家でご飯食べるのを見たことがなくて、父親とはそういうものだと思って育ちました。

父親がそういうふうですから、多くの家庭でそうであるように、母が家事育児はメインという家庭でした。母がやってくれていたことを自分でもやりたいと無意識に思っちゃうんだと思いますが、自分が家事育児に手を抜いてることに対する罪悪感がすごい。

特に料理は、子どもの体を作るものという思いがあるし、私自身、料理好きという自負もあるので、子どもが生まれてから数年間は、週末に大量の作りおきもしていました。

保育園に長男を入れるときも、この子はママともっといたいんじゃないかと辛い気持ちでもありました。

これこそが私の中の「母親らしさ」「よき母親像」というジェンダーバイアスなんです。
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※写真はイメージ(taa22- stock.adobe.com)
ーー太田さんのようなフェミニズムを学び、ジェンダーバイアスをなくそうと活動されている方でも逃れられない「よき母親像」とはいったいどこからやってくるんでしょう。

太田さん:私の母は実際には「仕事もしながら完璧に家事をするのは無理に決まってるから、市販のものを使って手を抜きなさい」と言ってくれるんですが、自分の中に刷り込まれた「インナーマザー」のような存在がいて、「子どもには手作りのご飯がいい。出来合いのお惣菜を出すなんて」という罪悪感を押しつけてくるので、ある時期に、それと意識的に戦う必要があると自覚しました

だからこそ、「あえて手を抜かなくては」と思い、積極的に市販のお惣菜や冷凍食品を取り入れるようにしています。

料理は好きですが「家事の料理と趣味の料理は違う」と毎日唱え、家事としては手抜きすべきだと自分に命じています。
これが私の中でのもっとも大きなジェンダーバイアスとの戦いですね。

清田隆之さん(以下、清田さん):バイアスって偏見や、フィルターがかかっているような状態ですよね。

僕の実家を思い返すと、下町の商店街で両親が商店を営んでいて、夫婦の会話もあったし、父はふんぞりかえるタイプでもなく、一度も怒ったことがないくらい穏やかで、何かを押しつけてくるようなところもない人でした。

それでも家事は母がメインでやっていたし、僕自身「家のことは母親がやってくれるもの」とナチュラルに思い込んでいたように思います。

一方で母は、わりと子どもに過干渉な方で、「いい学校に行け」とか「ちゃんとした会社に就職しろ」という圧力がすごかったんです。それがすごく嫌だったのですが、勉強さえやっていればいいという感じもあり、そういう中で「自分のエネルギーと時間はすべて自分のために費やしていいものだ」という感覚をインストールしてしまって。

今フリーランスの在宅ワーカーとして働いていて、仕事と生活の区別があまりなく、仕事のことを気にしながら子どもの面倒を見たりという状態に葛藤したりストレスを感じたりすることが正直あります。
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ーー子どものために自分の時間をさけないことへの罪悪感はありますよね。

太田さん:私も個人自営業主でフリーランスみたいなものですから、その気持ちはとても分かります。でも、その葛藤すること自体が大事というか、世の父親には「少しはせめぎあえよ!」みたいな人もいっぱいいるので。むしろ、

「なんでそんなに葛藤なく過ごしてるの?」みたいな(笑)。

「男らしくあろう」と無理をしていた学生時代

清田さん:僕が育った下町の商店街はリアルに「三丁目の夕日」的なところで、家に近所の人が遠慮なく上がってくるような環境だったんですね。そういう垣根のない人たちの中にあって、僕はどちらかと言うと人見知りで知らない人が怖く、挑戦心のないビビりな性格でした。

色白でぷくぷくして、泣き虫で、近所の5、6歳上の商店街のガキ大将みたいなお兄さんたちから「白豚」と呼ばれてたんですよ。

太田さん:ひどい!

清田さん:いわゆる「男らしくない」タイプだったんだろうなって。隣の幼馴染のお姉ちゃんの影響で、さくらももこさんや吉田秋生さんなど、少年漫画より少女漫画を好んで読み、「かっこいい」ものより「かわいい」ものに心惹かれるところがあったように思います。

それが中学から男子校へ行き、急に男っぽい価値観に染まらざるを得なくなってしまって。

そこでは、男は「強くなければいけない」「過激なことができなければいけない」「面白いことを言わなければいけない」という価値観が幅をきかせていました。

たとえば、クラスメイトの前で裸になるとか、みんなで下ネタで盛り上がるとか……。そういうことを恥ずかしがるやつはサムいみたいな空気があり、そういう価値観に過剰に適応するようになっていきました。
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「男子校っぽいノリは自分とはあまり合わない」という感覚はどこかであったのかもしれませんが、大人になり、女性の恋愛相談を聞く活動を続けていくうちに、ジェンダー問題について考えるようになり、「ああ、自分はずっと無理していたんだ」と体感的にしっくりきたんですよね。

そこからは、もともと持っている性質と近い生き方ができるようになった気がするので、かつて縛られていた「男らしさ」の重圧とか、それに伴う「生きづらさ」みたいな感覚はかなり薄まったように感じます。

なぜ女性だけが家事育児に罪悪感を抱くのか?

清田さん:なので、自分自身のジェンダーに関する考えは、学習の結果と言ったら大げさかもしれませんが、いろんな人から聞いた恋バナとか、知人から教わってたまたま手に取ったフェミニズムの本を通じてようやく意識化されたものだと思います。

もともと「女の人にはこんな苦労がある」「社会はこんないびつな構造になってる」なんてことは全然意識せずに生きてきたし、語弊を恐れずにいえば、今の日本の社会では、男として生きているほうがどうしても楽だと思うんですよ。

太田さんが抱いている罪悪感の話を聞いて、やはり男女ではのしかかっているジェンダーの圧力が違うかもなって。

太田さん:多くの男の人は、罪悪感を抱かずにすんでるのかな。
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清田さん:たとえば、僕が子どもに食事を作るとき、惣菜を買ってきて一品足すということに、罪悪感は正直ありません。以前「ポテサラおじさん」が話題になりましたが、ああいう目線が規範のように女の人たちを見張っているわけですよね……。

太田さん:もちろん女性でも罪悪感を感じない方もいると思いますが、傾向としては多いでしょうね。そして男性にはあまりないと思う。

清田さん:僕のパートナーもズボラなタイプを自認していて、家事や子育ての方針で感覚的に一致する部分も多いのですが、それでもときに意識やスキルの面で大きな差を感じてしまう瞬間があります。

たとえば、子どもたちと一緒に遊んでいるとき、おもちゃやら脱ぎっぱなしの服やらで部屋が散らかたりするじゃないですか。僕は気にせず放置し、すべてが終わってから片づければいいかって思ってしまうんですが、彼女は積み木なら積み木、袋なら袋と、遊びがひと段落したときにこまめに片づけたりするんですよ。

その理由を問うと、いろいろ物が散らかっている状態だと、子どもたちがつまずいたり足を滑らせたりするリスクがあって、それを気にしてのことだと。正直、自分にはその発想が希薄だったので、「そっか、なるほどな」って……。
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※写真はイメージ(iStock.com/byryo)
清田さん:僕としては、そもそも双子の世話って時点で無理ゲーなんだから、「全部まとめて乾燥機かけちゃえばいいじゃん」「洗い物もまとめて食洗機でやっちゃえばよくない?」って思う部分もありますが……。やっぱり丁寧に扱ったほうが服も食器も長持ちするし、子どもの安心安全という観点からしても、彼女の基準に合わせるほうがベターなのは間違いないと思います。

こういった問題は、例えば衛生観念などにも通じる部分があり、正直「めんどくさいな」って思ってしまうこともあるんですが、そこはがんばって意識とスキルを高めていかねばと考えています。この「ダイジョブでしょ」とか「めんどくさいな」って気持ちこそ、この社会の中で性別役割的に家事やケア労働を免除され、楽ちんな生き方を許されてきた側由来の感覚だと思うので。

もちろん体力やキャパシティには限界があり、すべて完璧にこなしていくことはできないので、二人でそのつど相談しながら、日々バランスを模索している感じです。
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ーー母親が家事を完璧にすることで、娘が大人になったときに完璧な母親像に縛られてしまうのではないかというお話がありましたが、わが子が男児でも弊害はありますよね。
私の世代でよく聞くのが、幼少期に母親が男子に家事をさせなかったり、手厚くお世話しすぎたりした結果、世の夫が妻に当然のように高い家事クオリティを求め、自分は何もしないという事案です。

太田さん:そのことについては5時間くらい話したいですね(笑)。

もちろん世代的なものもあると思いますが、私は意識的に、ママはいかに完璧ではないかを子どもに伝えるようにしています。

うちはひとり親だし、仕事をしているし、本当は手の込んだ料理も作れるし作りたいけれど、イベントの時だけにして、「お母さんの底力はこうだけど、これはあくまで趣味の料理で、日々の家事と趣味は違うから」と伝えています。

「男の料理」という言葉がありますけど、すごくこだわった料理を何時間もかけて作るみたいな。あれが趣味の料理ですよね。

清田さん:土日に麺をうつところからラーメンを作るみたいな(笑)。
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太田さん:「バルサミコ酢ないの?」とかね(笑)。

だから、日々の生活や料理って全然完璧なものではないということを伝えています。まあ言わなくても見てわかってる気はしますけど(笑)。

うちは夫がいないから、家庭内で性別役割分業を見せるということはないんですけど、母親である私が仕事しながら家事もこだわってきちんとやるみたいな姿を見せることは、子どもたちにとってよくないんじゃないかと思っているんです。

ちゃんとできてないことを開き直っているともいえますが(笑)、「母親」ってそんな完璧な存在じゃないよというのをあえて隠さず身をもって示していますので、「女性」「母親」に無駄な幻想をもたせないようにはできているかなと。


<取材・執筆>KIDSNA編集部

2022年07月08日

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