煽り運転の96%は男性…「高級車に乗る凡人」から身を守る方法
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煽り運転、なぜ後を絶たない? 加害者の心理的背景と遭遇しないための対策を解説。巻き込まれたときにできることとは。
正義感が強い人が加害者になるケースも
2017年6月、神奈川県大井町の東名高速道路で起きた一家死傷事故や、19年8月、茨城県守谷市の常磐自動車道での暴力事件などを契機に「あおり運転」が社会問題化。20年の改正道路交通法に「妨害運転罪」が創設された。
これにより、他の車両等の通行を妨害する目的で急ブレーキ禁止違反や車間距離不保持、高速道路等において他の自動車を停止させたり、著しい交通の危険を生じさせたりした場合は、たとえ事故を起こさなくても違反1回で運転免許取消処分となり、最長5年の懲役刑や100万円以下の罰金の厳しい罰則が科されることになった。
その効果か、改正道路交通法が施行されて以降、「あおり運転が減った」と感じるドライバーは少なくない。自動車保険会社大手のチューリッヒ保険が昨年6月に行ったあおり運転に関するアンケート調査では、51.5%のドライバーが法改正後のあおり運転減少を実感していると回答した。
しかし、いざ道路に出てみると、あおり、あおられるクルマを現在においても度々目撃するのも事実。自分自身が受けたという人も少なくないだろう。
これほど厳罰化されたにもかかわらず、道路からあおり運転がなくならないのはなぜなのか。また、あおり運転を受けた場合はどうすればいいのか。
あおる側、あおられる側の特徴をよく聞かれるが、地域性や道路状況によって大きな差があるため一概には言えない。が、20年に警察庁が発表した18〜19年に発生した133件のあおり運転に関する調査では、加害者の96%が男性だった。運転免許取得の男女比「55:45」のもとにおいては、意味のある数字だといえるだろう。
一方、アイポイントの高いトラックから道路を観察してきた立場としては、「あおる側」には一定数、「高級車に乗った凡人」がいると感じる。あおり運転をする人の中には「中身(ドライバー)」と「外見(クルマ)」に乖離があり、自分の承認欲求を満たすがためにあおり運転に興じる人たちがいる。「本物の高級車ドライバー」というのは、金銭的にも、時間的にも、精神的にも余裕がある。所持品を見せびらかさないし、慌てないし、心の余裕を「静」で表すのだが、背伸びをして高級車に乗った人たちは、高級車に乗る自分に浮かれ、「人目を引く行動」を取ろうとするのだ。その成れの果てが「凡人による高級車でのあおり運転」だと感じる。
運送業界でも一部のトラックドライバーによるあおり運転が問題視されることがあるが、これも「高級車」同様、自分自身が車両同様「大きな存在」だと誤認するところから始まっている。爆音を鳴らして走行する暴走族もまた然りだろう。大きな音、イカつい乗り物に乗ることでしかプライドが保てない。あおり運転はつまるところ、その人がどんなに高い車に乗っていようが「自分は凡人である」と証明する行為だといっていい。
もう一つ、SNSの投稿などを分析していると、「正義感の強い人」にあおり運転を起こす人たちが一定数存在していることに気付く。
日本は諸外国よりも運転マナーに関する事象が問題になりやすい。この国には潜在的に、「ルールはみんなで守るもの」という強い道徳観と集団意識があるからだ。実際、あおり運転をする人たちの多くは、「危ない運転をしてきた相手が許せなかった」と、自身の正当性を主張する人が多い。
誰とも知らぬ相手のマナー違反に対して行きすぎた正義感が生まれ、「制裁」を加えようとした結果が「あおり運転」になるケースが少なくないのだ。
一方、あおり運転の被害に遭いやすいドライバーとして挙げられるのが、「運転弱者」だ。免許を取ったばかりの初心者や高齢者の中には、運転が得意ではない運転弱者が比較的多く存在する。この運転弱者は男女でいうと比較的女性が多い。運転弱者は、スピードが安定しなかったり、無意識のうちに無駄なブレーキを頻繁に踏んだり、車間がうまく取れず詰めすぎたりして、周囲のドライバーをイライラさせてしまう。同じ理由から土地勘のない県外ナンバーのクルマもあおられやすい。
前出の「高級車に乗った凡人」には、こうした運転弱者ばかりを狙う悪質なドライバーもおり、初心者や高齢者が周囲からの理解を得るために貼っている初心者マークや高齢者マークがむしろ、彼らへの「目印」になってしまっているケースもある。
さらに、高級車に乗った凡人がターゲットにする車両として多いのが、自分たちとは対角線上にいる「軽自動車」だ。比較的安価な軽自動車は、凡人にとって自慢の“高級車”を見せつけるのには絶好の存在だからだ。軽自動車に乗る運転弱者は、後述するあおり運転対策を講じるなどしておいたほうがいいかもしれない。
また、あおられる人の特徴として特筆すべきは、「制限速度で走っている人」だ。先述したチューリッヒ保険のアンケートでは、「なぜあおられたと思うか」という質問に対して一番多かった回答が「制限速度で走っていたから」だった(26.3%)。「制限速度いっぱいで走っていれば、本来その道路で追いつかれたり追い抜かれたりすることはないはず」。そんな真正面の正論を頑なに守り、後ろから車が迫っても道を譲らなければ、結果的に悪質なあおり運転の被害者になってしまう。
先に「あおり運転を起こしやすい人」の特徴として「正義感」を挙げたが、現場では「あおる側」「あおられる側」それぞれのねじ曲がった正義感がぶつかり、不毛な追いかけっこが繰り広げられていることもあるのだ。
「トイレにいきたいのかな」と思える心のゆとりを
こうしたことからも、あおり運転に遭わないためには、まず自身が悪質なドライバーを刺激しない安定的な運転を心がけることが第一だといえる。
それに加え、悪質なドライバー対策として、クルマの後部に「ドライブレコーダー作動中」などと書かれたステッカーを貼るといい。最もいいのは本当にカメラを付けたうえでステッカーを貼ることだが、事情によりカメラの搭載が難しい場合は、ステッカーのみを貼るだけでも被害の抑止になる。
それでももしあおられた場合、できるだけ道路上でクルマを停車させないようにし、そのまま最寄りの警察署や交番に向かうといい。道路上で停車してしまった(停車させられてしまった)場合は、追突防止のためにハザードランプをつけ、内側から鍵をかけ、窓は開けないようにする。万が一、相手が降りて向かってきた場合は、決して窓などを開けずに、当人とは目を合わせず、会話もせず、あとで警察に被害届を出せるよう、スマートフォンなどでその人物と車両を記録しておこう。
クルマには、歩行者同士には存在しない「遮断性」がある。人間同士では、混雑した場所でも目配せや声掛けなど、感情や動作を伝えやすく、自身のマナー違反を詫びようと思った際でも、生身の人間同士ならば手刀を切ったり、軽く会釈したりできるが、道路上の場合、互いが遮断された空間にいることでコミュニケーションが極端に難しくなる。さらに、複雑な交通ルールのなか、人間同士のときと違い、接触が「ごめんなさい」では済まされない緊張状態でのコミュニケーション不足は、相手に大きなフラストレーションを与えてしまい、結果逆上させてあおり運転を誘発してしまうのだ。
つまり、あおり運転は「交通にまつわる問題」である以前に、コミュニケーション障害による問題であるといえる。そう考えると、人がクルマを運転する限り、恐らくこの先も道路上からあおり運転がなくなることはないだろう。が、マナーの悪いドライバーに遭遇した場合は、刺激せず「急いでいるのかな」「トイレにでもいきたいのかな」と思える心のゆとりをもつことが、自身の身の安全を守ることに繋がるのは間違いない。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2025年5月30日号)の一部を再編集したものです。
橋本愛喜 Aiki Hashimoto ライター。元工場経営者、トラックドライバー、日本語教師。ブルーカラーの労働環境などの社会問題を中心に執筆・講演。『トラックドライバーにも言わせて』など著書多数。 |
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