見えづらいの放置で「スマホ失明」のリスク…「近視の進行」を抑制する科学的根拠に基づく3つの方法

見えづらいの放置で「スマホ失明」のリスク…「近視の進行」を抑制する科学的根拠に基づく3つの方法

「目がやけに疲れる」「目の調子がおかしい」──。コロナ禍以降、そのように訴えて私の経営するクリニックに訪れる患者さんが増えた印象があります。理由はさまざまですが、巣ごもり生活でスマホを中心としたデジタルデバイスに接する時間が長くなったことは、確実にその一因でしょう。待合室でスマホで時間をつぶし、診察室に持ち込む子供までいて、スマホ依存が進んでいることを実感させられます。

スマホの見すぎで「急性内斜視」になるケースも起きています。近くでものを見ると目が内側に寄る状態になり、長時間続けると寄り目が固定化してピントが合わなくなってしまうのです。目を休めたり手術をすることで改善に向かいますが、完全に目の状態が元に戻ることはありません。手術後もものが二重に見える状態で、日常生活に困難をきたすのであれば、それはいわば「機能的失明」だと私は考えます。

急性内斜視の発症は若い層に目立ちます。違和感を感じても、「親に言うとスマホを取り上げられる」と不安になり、症状が悪化するまで申告を躊躇してしまう人もいます。

とはいえ、若い層に特有の症状というわけではありません。ある中高年の患者さんは体調が悪く、ベッドに横になって、自分は何の病気なのかスマホで調べ続けたそうです。それから1週間後、気がつくとピントが合わなくなって、当院に駆け込んできました。

横になってものを見ると眼位(両眼の視線の方向)が通常からずれるので、その負荷のかかった状態でスマホを見続けることは目によくありません。さらに普段かけている眼鏡をはずして顔を近づけると、目はどんどん内側に寄っていくので注意が必要です。

画像
横になった状態でものを見続けると、眼位が正常の位置からずれていくので注意が必要だ。(※写真はイメージです)

視野を広げて世界に目を向けると、近視の人口が急激に増えています。2016年、オーストラリアのブライアン・ホールデン視覚研究所は、世界の近視人口は30%を超えており、50年には世界人口のほぼ半数が近視になるだろうと予測しました(図表1)。22年のデータも、ほぼこの論文の通りに推移しています。

画像
【図表1】

日本でも同様の状況が進んでいます。19年に慶應義塾大学医学部が発表した研究では、小学生の近視有病率は76.5%、中学生の近視有病率は94.9%に達していました。すでにこれ以上は高まらないようなレベルで、そのまま高止まりしていると言ってもいいでしょう。

近視の原因の一つとされる遺伝的な素因だけでは、こうした急激な増加を説明できません。本を読むなど近業(目とものの距離が30センチ以内で行う作業)時間の増加や戸外活動時間の減少といったライフスタイルの変化、また、スマホなどデジタル機器を扱う時間が増加した影響が考えられます。

後者についてはこれまで十分な科学的エビデンスがありませんでしたが、コロナ禍をきっかけに、デジタル機器のスクリーンを眺める時間(スクリーンタイム)と近視進行リスクに相関関係があることを裏付けるデータが出てきました。コロナ禍によるロックダウンの間、中国の青少年を対象に行った研究では、毎日のスクリーンタイムが長くなることで近視の発症・進行のリスクが高まること、スマホなどの画面が小さいデジタル機器ではよりリスクが高まる可能性があることなどが示されています。

強度近視の失明リスクは軽度近視の50倍以上!

近視の症状は、おもに若年時に始まります。図表2が目とものが見えるメカニズムです。ピントの操作はレンズの周りの毛様体筋が行っていて、近くのものを見るときは緊張してレンズの厚みを増やし、遠くのものを見るときは薄くするという調整を行っています。ところが近くのものばかりにピントを合わせ続けていると、毛様体筋が緊張状態のまま固まってしまうことが起きます。これが「仮性近視」と呼ばれる近視の初期段階です。

画像
【図表2】

なお昨今、メディアで「スマホ老眼」という言葉を散見するようになりました。これはスマホの使いすぎで高齢者の老眼が進行するという意味ではありません。スマホを見続けると毛様体筋が緊張して水晶体が常に分厚くなり、老眼同様にピント調整がうまくいかなくなる症状です。一時的なもので、スマホの使用を抑えれば大体は治ります。

仮性近視の状態を経て、さらに近くを見る作業を続けると、もともとはピンポン玉のような丸い形をしている眼球そのものが、近くのものに無理やりピントを合わせるために前後に長く変形していきます。これを「軸性近視」と呼びます。現代の医学では、長く変形してしまった眼球を元に戻すことはできません。

さらに近業を続け、眼軸長(眼球の前後長)が伸びていくと、度の強いメガネなしでは日常生活にも支障が出る、いわゆる「強度近視」に陥ります。

強度近視で注意すべき点は、眼球が前後に伸びることによって引き伸ばされた網膜や脈絡膜に負担がかかり、さまざまな目の病気のリスクが高まることです。強度近視は軽度近視に比べて網膜剥離の危険性は約4倍、近視性黄斑症は60倍以上、失明も50倍以上に上昇します(図表3)。緑内障についても、近視でない人に比べて約3倍多いことがわかっています。

強度近視でリスクが高まる目の病気には、眼球が伸びすぎて引っ張られた網膜が層状に裂けてしまう網膜分離症、視力の中心である黄班部に障害が出る近視性黄斑症や黄斑萎縮、目から脳に信号を送る視神経に問題が起きる視神経症などがあげられます。眼軸長の過度な伸長によって黄斑部や視神経がダメージを受けると、視力の回復は困難です。検査される機会が少ない眼軸長を眼科医で定期的に測定しておけば、近視の進行を意識しやすくなるとも言えます。

画像
【図表3】

世界の強度近視人口は50年には約10%になると見られています。また、日本の成人の強度近視率は約5%とされていますが、前述した慶應大学の研究では中学生の強度近視有病率は11.3%に達していました。それに伴い、失明につながる眼疾患の発生率も増えていくと予想されます。

若い頃の近視によって中高年で深刻な眼疾患に

近視は子供時代から思春期にかけて始まることが多く、20代ぐらいで進行のペースが鈍ります。とはいえ最近の研究では、20代で進行が止まるわけではなく、近くでものを見る時間が長ければ、ほぼ一生にわたって眼軸長が伸びていくことが判明しています。つまり、若い頃に発症した近視がその後も徐々に進行し、中高年になって強度近視に起因する深刻な眼疾患を発症するケースは十分ありえるのです。一度なってしまった近視を元通りに治すことはできないにせよ、その進行を少しでも抑制することが、将来的な失明リスクを減らすためには重要です。

まずお勧めしたいのは、近業時間を減らすことです。具体的には、読書やスマホを見る時間をできるだけ少なくすることです。

ウィンドウズの生みの親であるビル・ゲイツ氏は、使用する眼鏡を見るかぎり、おそらく強い近視の持ち主で、視力の低さにコンプレックスを感じていた可能性があります。彼が自分の子供にスマホの使用やスクリーンタイムの制限をきびしく課していた話は非常に示唆的だと思います。

近業時間を減らすため、スクリーンタイムを測定したり制限するスマホの機能を使うのもいいですし、紙の本や電子書籍に代えてオーディオブックを活用すれば、やはり手元を見つめる時間を減らせます。あるいは、文字を大きくしたり、文章を書くときに行間を広く設定したりすれば、画面を離して見ても読みやすくなります。

アメリカでは子供の近視対策として、「20―20―20」ルールを推奨しています。これは、「20分間継続して近くを見たら、20フィート(約6メートル)以上離れたものを20秒間眺める」というものです。定期的に遠くを見る習慣をつけ、目の緊張をゆるめて近視の進行を防ぐわけです。

もう一つ心がけてほしい対策は、週14時間以上の戸外活動です。1日に換算すると2時間。毎日するのが難しければ、休日にまとめて戸外活動をするという形でもいいと思います。

ポイントとなるのは、「バイオレットライト」と「照度」です。自然光には人工光にはほぼないバイオレットライトと呼ばれる光が含まれています。この光が近視の進行を抑制する遺伝子「EGR-1」を活性化し、眼軸長の伸びを抑えることが近年の研究でわかりました。

直射日光を浴びなくても、日中の屋外で1000ルクス程度の照度があれば効果があります。屋外に行くのはハードルが高いのであれば、自然光が差す窓際で作業することをお勧めします。デジタルデバイスを見るときは暗い環境にいることが多いので、なるべく明るいところでものを見るように心がけましょう。

そのほか、科学的なエビデンスに裏付けられた、近視の進行を抑制する方法が3つほどあります。医療的に一番効果が高いのは、「低濃度のアトロピン点眼薬」を毎晩寝る前に1回点眼することです。世界的に採用されている方法ですが、厚生労働省は「近視は病気ではない」というスタンスであるため、この療法は公的医療保険制度の対象とならず、いわゆる自由診療になります。そのため、導入している日本のクリニックは自主的に輸入しています。なお効果が期待できるのは小学生から10代までで、残念ながら成人には効きません。

若年層の近視進行抑制法としてはほかに、「オルソケラトロジー(角膜矯正療法)」があげられます。これは特殊な形状のハードコンタクトレンズを寝ている間につけることで、角膜の形状をやや平らに矯正するものです。この療法も医療保険の適用外で、コンタクトレンズが両目で20万円、しかも2年に1回の交換が必要と、コストがかかるのが難点です。

また最近は、中高年層の遠近両用レンズとして開発された「多焦点コンタクトレンズ」が注目されています。子供の近視矯正用にも効果的であるというデータが出て、導入するクリニックも増えました。遠くのものも近くのものも見やすく、ピントを合わせる目の負荷が低くてすむために、近視の進行を抑制する効果があるのです。

デジタルデバイスの普及・使用により、世界中で近視の進行は加速し、かつ発症も低年齢化しています。その先に待ち受ける失明の恐怖から逃れるためにも、私たちは今すぐ近視に対する認識を改め、近視抑制のためにできることを始めなければなりません。

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2025年4月4日号)の一部を再編集したものです。

(構成=川口昌人 図版作成=大橋昭一)

詳細を見る

この記事を読んだあなたにおすすめ

画像

https://kidsna.com/magazine/article/entertainment-report-240322-08267521

2025.05.10

ニュースカテゴリの記事

「イクメンって言葉が嫌い」は男女の分断を広げる?【てぃ先生×治部れんげ】
子育てや教育のテーマを元に読者から集めた質問にゲストスピーカーと対話する動画記事コンテンツ。