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多様な人々が住んで学ぶ、新しい居住型教育施設
子どもにこれからの社会を生き抜くための「人間力」を身につけさせたいと考えながらも、具体的に何をすべきかは分からないという保護者も多い。今回は、下北沢の町を舞台に、高校生、大学生、社会人が“ともに住みながら学ぶ”まったく新しい形の学生寮「SHIMOKITA COLLEGE(シモキタカレッジ)」を運営するHLAB,Inc.のCOOの高田氏に、これらの力を伸ばすためのヒントをうかがった。
「学生寮」と聞いてどのようなイメージを持つだろうか。これまでの日本における学生寮とは、同じ地域に住み、同じ学校に通う限られた年齢層の子どもたちであることが入居の条件であり、ある種、同質的であることを条件としてコミュニティが形成されてきた。
しかし、2020年、東京・下北沢の地で誕生したSHIMOKITA COLLEGE(シモキタカレッジ)は、年齢、学校、職業などの垣根を超えた、まったく新しい形の学生寮、あらため「学寮」だ。
SHIMOKITA COLLEGEを運営するHLAB,Inc.のCOO高田氏は「日本の前時代的な教育環境と閉鎖的な進路選択」に疑問を呈し、これからの時代を生きていくために、子どもたちが「多様性」や「思考力」そして「他者との共創」を身に着けられる場所が必要だという。
高田氏が考える、「ともに住んで学ぶ」レジデンシャル・カレッジについて話をうかがった。
きっかけは日本の閉鎖的な進路選択に対する問題意識
ーー従来の学生寮のイメージは、もっと雑多で、ただ生活をする場所というイメージでしたが、学校案内をしていただき、クリエイティブな発想が広がりそうな場所がたくさんありました。学生に限らず社会人とも交流の機会を提供するというアイデアはどこから生まれたのでしょうか。
もともとは僕が大学生だった2011年から、海外の大学生と日本の大学生が日本の高校生に対しておこなう1週間のサマースクールを運営していました。
運営のきっかけは、日本の高校生は進路選択に対して閉鎖的すぎるという問題意識からです。
単純に彼らが内向き志向というだけではなく、それ以前の問題として、日本では受験校に対して先生や先輩から話を聞くか、偏差値くらいしか判断基準はありません。
また、進学校なら「まずは国公立を目指そう」という進路指導がおこなわれている現状があります。
当時から、大学でどんなことが学べて、その先にどんなキャリアがあるかをしっかりと知れたうえで選ぶことができるのが、進路選択のあるべき姿だと思っていました。
この課題を解決するためには、学生は多様な年上の人々と接する必要があると考え、世界中のありとあらゆる大学生と社会人を巻き込んで、高校生約80人に対してサマースクールを開催したんです。
サマースクールの間は1週間ほどの期間高校生と大学生が泊まり込みで共同生活をし、社会人も参加しながら、いろんな学問についてのセミナーを受けたりキャリアの話を聞いたりすることを通して、自分の進路やキャリアについての理解と内省を深めていきます。
このサマースクールの拡張版と、「ボーディングスクール」といわれる全寮制の学校の全寮の部分だけ切り出し、東京で再現できるのではないかという発想から生まれたのがSHIMOKITA COLLEGEです。
「ともに住んで学ぶ」を実現するレジデンシャル・カレッジ
ーーSHIMOKITA COLLEGEのシステムについて具体的に教えてください。
SHIMOKITA COLLEGEは「レジデンシャル・カレッジ」という形をとっており、これは国境や世代を超えた生徒が集まり、寮で共同生活を営みながら学習する、新しい教育の形のことをいいます。
さまざまな学校に通う学生、職種の異なる社会人を「学校や会社ごとに区切って住む必要はない」と考え、従来の枠を取っ払い、多様な人が住む社会に開かれた場所として、小田急電鉄さま・UDSさまとともに設立しました。
異なる分野の、多世代間でともに暮らし交流が生まれることで得られる学び効果ははかり知れません。
ーー学校と寮はセットのイメージがとても強かったので斬新で、こういう選択肢があるんだと思いました。多種多様な大学の人たちと交流できる、すばらしい環境ですよね。
実は学生が実家から大学に通っている国は数えるほどしかなくて、日本は世界的に見てもレアケースなんです。
日本では一般的に「カレッジ」を「大学」と訳しますが、そもそもは13世紀のイギリスで「ともに住んで学ぶ」という考え方からスタートしており、正しい訳し方は「学寮」です。
私たちがここを「学生寮」といわず、「レジデンシャル・カレッジ」という言葉をあえて使っているのは、この「学寮」の考え方を取り入れているからです。
これまでの日本での学生寮、学生マンションというと、交流などは極力排除され、安心安全のセキュリティと、いかに安く住めるかということが売りにされてきました。
私たちはSHIMOKITA COLLEGEを単なる学生寮ではなく、学びに重きを置いた場としてのレジデンシャル・カレッジとして定義しています。
学生たちがゼロから文化を作っていく
ーー現在はゼロ期生の方々が住まれていますが、12月から3カ月が経過してみてどうですか?(※取材時は3月、2021年4月に1期生が入居)
どんどん新しいことにチャレンジしていって楽しそうですよ。0期生には「君たちが最初に文化を作るんだ」と伝えて、「どんどん新しいことにチャレンジしよう」「やりたいことをやればいい」と言っています。
0期生が生活の中でやっていることが、SHIMOKITA COLLEGEの文化となっていくので、どんどん挑戦をしていってもらいたいです。
すでにいろんな学びの場が生まれてきています。たとえば、本好きな子を中心とした読書会も発足して、「自殺論」「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」などの社会学の古典的な本を輪講(りんこう)していてすごいなと思いました。
自主的に地域のお店でアルバイトを始めた子もいれば、ある会社の社長さんがゲストに来てお話してくださった際に、その方の会社でのインターンの話をとりつける子もいました。
また、確実に根付いているのが「コーヒーチャット」という文化です。下北沢という地には素敵なカフェもたくさんありますし、カレッジにもコーヒーマシンがあるので、ランダムに組み合わされた2人が、1時間ほどコーヒーを飲みながらゆっくり話そうという取り組みをおこなっています。
コーヒーチャットをする相手は、slackの機能でランダムに選ばれ、マッチングします。日頃接点のない寮生同士で腰を据えて話すきっかけを提供しています。
今後ますます寮生は増えていく予定ですが、固定メンバーとばかり話しがちになるのを防ぎ、偶然から素敵な出会いを生み出すきっかけとなっています。
学生同士で専門分野についてレクチャーし合える場を提供
ーーカレッジが提供しているプログラムにはどのようなものがありますか?
たとえば、下北沢という町を舞台にイマーシブ(没入型)プログラムを開催しています。
これは机上で課題解決スキルを身に着けるだけではなく、実際に自らの興味をもとに、地域の課題と向き合い探究型プロジェクトを実施するもの。
地域の商店の方や下北沢という地で活躍している方々との接点を設けたり、実際に商店のお手伝いをしながら一緒に課題解決をしたりしていくことで、アカデミックな知識を実践にもとづいた経験で裏打ちすることができます。
そのために、小田急電鉄さまが持つさまざまなネットワークをご紹介していただき、一緒にできることを考えながら、われわれが場のセットアップをおこなっていきます。
地域に開かれたカレッジだからこそ、街全体をひとつのキャンパスとみなし、本屋やギャラリー、シアターなど、街のすべてを学びの舞台と見立てているのがレジデンシャル・カレッジの特徴です。
ーー地域と連携しているからこそ実践の場ができて、学びの質が一段も二段も深くなっていく。学生たちにとっても刺激的でしょうね。
実は世田谷区は都内でもっとも空き家が多く、防犯や治安の観点で深刻な問題となっています。そこで、寮生の社会人がピア・メンターとなり、大学生と三人で空き家活用プロジェクトを小田急電鉄さまに提案するなど、すでに種がまかれています。
メンターがピア(Peer)である意味は、自分たちの少しだけ先を行く身近なロールモデルから刺激を受け、学び合うことを目的としているからです。
ーー学生にとっては日頃の大学での座学の学びが実際のビジネスにつながる瞬間を目にできる、またとない機会ですね。
ほかにも、日常生活では自分が大学で学んでいる専門分野について話す機会は意外と少ないことに目をつけ、大学生たちがそれぞれが大学で学んでいる専門分野について教えあったり、ディスカッションをおこなったりする、リベラルアーツセミナーを開催しています。
たとえば、音楽が大好きで専門にしている子は「なぜ星野源がこんなに売れているか」を分析し、ショートレクチャーをおこなってくれました。
ジャンルはさまざまですが、自分の知らない、興味のないものの話だとしても、相手の話に対して興味を持って聞く姿勢が重要ですし、このような機会を通して養われていくと考えています。
もちろん、ロジカルシンキング研修のようなスキルをHLAB側からお伝えするプログラムも一部ありますが、僕らの役割は学生たちにセミナーの設計方法を教えることで、あくまで実際の運営は彼らがおこなっています。
極論は彼らがやりたくなければやらなくていいし、代わりにやりたいことを提案してくれればOKです。
ーー手取り足取り教えるというより、場を提供しながらアドバイスをおこない、学生が主体的におこなうのをサポートするメンターというイメージですね。
これからの時代に必要なスキル=他者との共創力が身につく
ーー入居人数も限られていますが選考にはどのような基準がありますか?
選考の際に求める人物像は以下の3つです。
➀多様性の中の共創力
ひとりひとりが違うということに向き合いながら、新たな価値を作っていくことを目指す。
➁楽しみながら学び続ける姿勢
生涯教育時代、カレッジで開催されるプログラムひとつひとつに楽しみながら向き合う好奇心をやしなってほしい。
③パブリックマインド
それぞれの土台で自分の領域に閉じるのではなく、異分野と協力しながら、最終的に世の中のためになることを目指していく。
これらの選考基準に対し、本人の意思があるのかどうかを面接と書類で拝見します。
ーー単に多様性を認めるだけではなく、その中で共創していくことが重要なんですね。ここを出た学生たちが、社会にどう還元していくのか、新しいビジネスが生まれそうでワクワクします。
「社会に貢献できるリーダーを作りたい」という思いでカレッジを設計しているので、パブリックマインドを持ち、「こういうものを社会に提供したい」と提案できるリーダーになってほしいなと期待しています。
共同生活をすること自体もそうですし、ここで用意されているプログラムを通して、普通に生きていたら交わることがなかった人たちと何かを一緒におこなう経験をすることで、多様な他者との共創力(コ・クリエーション)が育まれていきます。
僕らの会社のミッションは「異なる人生を歩む人々がともに学ぶ場を作っていく」ことなので、寮はあくまでひとつの集団であって、異なる他者から学んだあとで自らやりたいことを選択して歩んでほしいと思っています。
多様な人々がともに学ぶ「教育の民主化」を目指して
ーー進路選択って「もし間違えてしまったら」と思うとすごく難しいし、明確に「ここに行きたい」と子どもに思ってほしいと考える保護者はたくさんいると思います。
こと進路になると、どう話していいか分からず、「こういうところを目指しなさい」と言いがちな親御さんが多いようです。
まずは親子での対話が必要で、対話のためには材料が必要なので、流行りのSTEAM教育やプログラミングやAIでなくても、なんでもいいので触れさせてあげることがすごく大事だと僕は思っています。
もしかしたらお子さんに合っている職業は花火職人かもしれないけれど、それは英語やSTEAM教育では出会えませんよね。
偶然、科学館に連れて行ったことがきっかけになるかもしれないし、あとは身近な大人として両親が仕事の話をすることも大事だと思います。
教育心理学でよくいわれる、「子どもは親のいうことは聞かないが、親のやることはやる」というものです。
「勉強しなさい」と言われてもやらないけれど、親が勉強や仕事をしている姿を背中で見せて、いっしょに対話をすることがご自宅でできるのではないかと思います。
ーー最後に、コロナ禍で教育の形も大きく変化し、これまで良くも悪くも続いてきた「これが正解」という教育の形がある意味今はすべて取っ払われた状態になりました。こうした時代には、自らか情報を仕入れて、何が正しいか選んでいく判断力がすごく重要になっていくと思います。そこでHLABさんが考える未来の教育について教えてください。
僕たちがずっと目標としているのは、「教育の民主化」ということです。
これまでの教育は、先生から生徒やプロからアマチュアへ、知識を与え、情報格差を埋めるものでした。
ですが、これからの時代、知識を効率的に学ぶには、AIやeラーニングなど、その子に適切な知識を与えて成績をあげることはできます。
しかし自分のことについて考えたりする思考力、内省力や非認知能力といわれる部分はAIやeラーニングだけで学ぶことは厳しいと思っています。
その場で起きるインタラクションからしか学ぶことはできないし、お互いから学び合うから“民主化”なんです。ですので、先生から生徒、プロからアマチュアへという教育のモデルを、互いから学ぶ形へ変えていく事が、僕たちが考える「教育の民主化」です。
このようなフラットな関係性の中でピアから学び合う場は、交流や議論が生まれる環境を工夫することで、設計する事ができます。そして、学びの場の価値はこれからの時代、ますます重要になってきます。
教育に関わる人は、お互いからの学びが生まれる場をいかに設計していくかが、今後すごく大事になっていくと思います。
<取材・撮影・執筆>KIDSNA編集部