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【小川大介/前編】VUCA時代の学校選び「偏差値以外の価値」とは?
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世界中がVUCA(ブーカ=不安定性・不確実性・複雑性・曖昧性)時代に突入した現代、子どもの学校選びを考え直すべきなのでしょうか。本連載では、教育家で中学受験情報局「かしこい塾の使い方」主任相談員である小川大介さんに、これからの教育や学校、受験の考え方について聞きます。
世界中がVUCA(ブーカ=不安定性・不確実性・複雑性・曖昧性)時代に突入した現代。教育改革やコロナ禍でのオンライン教育、センター試験の廃止や9月入学、公立の小中一貫校の増加など、これからどうなるの?と思うような変化が目まぐるしく起こっている。
「この状況下で、保護者のみなさんに今一度考えてみていただきたいのが、子どもの学校選びです」
こう話すのは、これまで、6000組の親子と関わり、25年以上中学受験の最前線にいる教育家の小川大介さん。
現代の、そしてこれからの学校にはどんなことを期待できるのでしょうか。具体的な中学校の例をヒントに、VUCA時代の受験について考えてみます。
決められない親たち
――VUCA時代の「受験」はこれまでと比べて変化しているのでしょうか。
私は30年、中学受験の現場にいるのですが、もし、子どもに中学受験をさせずにずっと公立校でいくと決めているとしても、中学受験のことを知っておくことは大切だと考えています。
なぜなら、日本の教育がどのように変化しているのかが、中学受験の傾向でいち早く見えるからです。
いわゆる「2020年教育改革」で、これからは多様性や思考力が必要だということが打ち出されましたが、結局のところ大学はなかなか変われていません。でも、中学校・高校では、大学入試が変わるからと早い段階から対応が進みました。
中学校の入試問題は、その変化がいちばん見えやすい形です。
従来のセンター試験では「処理能力の高さ」が必要だったので、中高入試でもそういう能力が求められていました。でも、教育改革で多様性や思考力が必要だと打ち出されたので、それに対応して中高入試は変化しているのです。
中学校入試ではすでに、2020年の大学入試改革に先んじて新しい傾向が見られます。
入試には学校側の「こんな生徒が欲しい」という思いが表れます。高校なら大学入試は3年先ですが、中高一貫校なら、生徒が大学を受験する6年先を見越した入試問題を出しているのです。
それは、子どもの思考力や多様性への対応を試すような問題に表れています。
たとえば、2020年度のフェリス女学院中学校の国語の問題の一部は「あなたが変えたいと思っている現代の常識」がテーマで、同じく2020年度の鴎友学園女子中学校の社会の入試では、「シンギュラリティ」についてAIとの付き合い方を含めて記述するような問題が出題されました。
中学受験の入試問題からは「◯◯力を持った子を入学させたい」という学校側の意思が汲み取れます。◯◯力は、学校によっても異なりますし、時代によっても変化します。
〇〇力という「~できる」視点ではなく、その子が持つ独自の世界観を見ていこうとする入試も出てきています。
このように、入試が多様化しつつあるので、これからの時代、中学受験を考えているご家庭では、親はますます大変になるかもしれません。学校だけでなく入試も「選ぶ」という作業が必要になるからです。
真剣に子どもの人生を考えれば考えるほど、学校を選ぶときにその学校のことを知らなければならないのですが、残念ながら、偏差値だけで学校を判断してしまう風潮はまだまだ根強いですね。
偏差値ランキングを手掛かりに、よく知らない学校も含めて検討するということ自体は悪いことではありません。でも、注意したいのは、偏差値の数字だけに踊らされないことです。
偏差値に踊らされる親の根底には、選ぶことに自信がなく、世の中の序列通りに学校を見れば安心という思いが隠れているからです。
偏差値はわかりやすい基準ですが、それだけで学校選びを考えてしまうのは「決められない親」の裏返しだと思います。
自分の中にものさしを持っていないと、偏差値や数字によるランク付けが必要以上に気になってしまうのかもしれません。
偏差値以外の価値は「学校が社会の変化に向き合っているか」
学校選びの際、偏差値だけでなく、多面的にその学校を知る必要があります。
変化の激しいVUCA時代は、学校が社会の変化にちゃんと向き合おうとしているかどうかを見極めましょう。
学校の中心メンバーに30代、40代の先生がいるかどうかは重要なポイントです。50代以上の先生だけの学校は、変化に対応することは難しいでしょう。これは、学校の説明会やホームページの教員紹介をチェックするとわかります。
長年、中学受験の世界にいますが、今ほど「どんな先生がいるか」「校長先生がどんな人か」を問われる時代はありません。
学校施設や設備はどんどん良くなっています。でも、学校という箱よりも「その中にどんな人がいるのか」が、これからの時代には特に重視されるでしょう。
また、その学校に通っている生徒たちの表情を確認することも、学校選びに欠かせません。どんな子どもたちが、どんな表情をして学校生活を送っているかを知ることは大切です。
実際に学校の最寄り駅から通学路を歩いてみて、登下校する生徒たちの様子を観察して「うちの子がこの中に入って、幸せかどうか」を想像してみてもいいでしょう。
小学校受験のリスク
――近年は、小学校受験と中学校受験で迷う親も多いように思います。
子どもの個性に合った学校を選んであげたい、家庭の教育方針に合った学校に通わせたい、公教育に期待が持てないなどさまざまな理由があると思います。
ただ、小学校選びはすごく気を付けるべきだと思います。
それは、小学校の6年間というのは、子どもが成長し続け、変化し続ける6年間だということ。
入学した時はよくても、3、4年経つと子どもの個性に合わなくなることもあります。
親子面接で「お子さんのどういうところが素敵ですか」といったことを聞かれるので、それに備えてお受験対策することは、親が幼少期からちゃんと子どもと向き合い、夫婦ともに親として成長させてもらえるというメリットはあります。
しかし、そもそも小学校受験は、子どもの意思というより親の判断が大きく、学校側も中学校受験と違って、子どもの能力ではなく「この家庭がうちの学校と相性がいいか」という視点で見て選びます。中学校受験とは基準が違うのですね。
そのため、子どもによってはその小学校に6年間ずっと通い続けることが適切でないケースもある。「付属校だから安心」という淡い期待で小学校受験をし、晴れて合格して入学しても、その環境が子どもに合っていなければ苦しい思いをします。
実際にそういう経験をしたご家庭と接したことがあります。IQが高く、ギフティッドかもしれないといわれていた子で、だからこそいい環境で守ってあげたいというお母さんの希望で入学。
しかしその後、その子の言語力の高さがマイナスの評価ばかりされるようになり、不登校になってしまいました。学校の先生からは支援されるどころか、転校を勧められる始末です。
結局、子どもは受験して入学した私立校から、地域の公立校に転校しました。その結果、その子本来の能力が開花して、今は学校や勉強を楽しめているようです。
小学校受験はいわゆる親が審査される「親の受験」で、子どもに寄り添った判断がしづらく親がしがみついてしまう。これだけやったから手放したくないという思いにもなりやすい。
子どものためにどんな小学校を選ぶかは、後編でお伝えする家庭教育と地域教育とのバランスがより重要になってきます。
成長し続ける「新興校」
――いわゆる難関校・名門校以外にも、人気の学校はあるのでしょうか。
近年人気を集めている新興校は、時代に合わせて教育をどんどんアップデートしています。
渋谷教育学園幕張中学校は、中高一貫校の新興勢力としてはトップクラスの成果を上げています。
海外大学への進学に対する取り組み度が非常に高く、カナダからネイティブの海外大学進学専門カウンセラーを招聘して、出願書類の書き方からサポートする体制が築かれています。
ICT教育のパイオニア校ともいわれる広尾学園では、クラウドサービスを活用して、メールで課題提出、文書やプレゼン資料作成を共同で進めるなど、ビジネスパーソン顔負けの状況が生み出されています。
また、伝統校も奮闘しています。
海城中学高等学校は、もともと海軍の歴史ある学校なのですが、1992年から長期的展望に基づいて教育改革を継続し、大学進学重視の詰め込み教育から脱皮して、自ら考え行動することを促す教育方針へと変貌を遂げました。
その過程では30代の教員が大きな力となったと聞きます。今年は中学1〜3年生全員にMac Book Airを配布し、動画編集やプログラミングなど本格的な情報教育を開始しています。
巣鴨中学校も歴史の古い伝統校なのですが、最近、人気が復権してきています。国際教育に力を入れ、既存のイギリス名門校への留学プログラムとは別に長期留学制度を設けたり、ホームページのデザインなど情報発信の方向性を大きく変えたりと、柔軟な変化がありました。
そうした教育活動が評価され、2020年には日本の学校として初めて、Would Leading Schools Association (WLSA)への加盟が認められました。
他にも、特色ある教育を行う学校がたくさんあります。こうした中学校を調べるだけでも教育の動向を知ることができ、「うちの子には、こんな学校がいいかもしれない」という具体的なイメージができるでしょう。さまざまな学校の取り組みをぜひチェックしてみてください。
「名門校」のすごさ
――名門校と新興校、どちらが子どもにとってよいか迷います。
名門校がなぜ名門校たり得るか。
まず、その道のりは無名校からスタートします。無名校から進学校に成長する過程では、どうしても詰め込み教育になりがちで、管理型指導をすることで生徒がセンター試験で良い点数をとれるようにする。
そうするとまずは私立大学の合格者が増え、次に国立の文系大学に合格する生徒が増えてくる。その結果を見て、入ってくる生徒の層が変わっていきます。
学力レベルが高い生徒は自分で考える力が備わっていることが多く、管理教育をいやがる傾向にあります。そうすると学校側は数学や理科の優秀な先生を学校に引っ張ってきて、論理的思考を磨き上げ、深く考えさせる教育スタイルへと移行していきます。
そうすると次は国立の理系大学に合格する生徒が増えてくる。
そうして学校全体の水準が上がってくると、それまでやっていた管理教育を手放して生徒に自由と責任をゆだねる方向に舵を切りはじめます。でもそのかわり、自律心が育っていない生徒など、ついていけなくなる子も増えてしまう。
いままでの管理教育のイメージで入学させた親は、ついてこれない生徒の底上げもやってくれると思ってたのにとがっかりすることになりますが、こうやって学校が成長していき、すごい子が集まることで名門校となっていく。
同時に、学校側が管理教育をせず、子どもの手を放すことになるので、親の教育リテラシーも求められます。だからこそ魅力的な人が集まるし、高みを目指す環境が維持されます。
こうした環境下では、当たり前の水準がそもそも高いので、生徒一人ひとりががんばってる感なくがんばれることがメリットです。
たとえば灘高校では、学校内で120番ぐらいの成績を取っていれば、東京大学に現役合格できる力は備わっています。開成しかり、麻布しかり、慶應しかり、名門校と呼ばれる学校では、管理教育をせず生徒自身の成長にゆだねているからこそ、どの世界に進んでもリーダーになれる人材が巣立っていくのです。
一方で名門校の難しさは、管理教育ではないために、ついていけない子どもには苦しい環境になりやすいということ。
家庭の方針で「とにかく偏差値の高い中学校」を受験して、かろうじて合格した場合、親も子も、せっかく有名な名門校に入学できたのだからと、学校の名前にしがみついてやめさせたくなくないということも起こり得ます。
学校は入試問題や校風で、「子どもが伸びると思うならうちに来てください」というメッセージを伝えています。「子どもや親御さんの要望に合わせてうちの学校がやり方を変えることはありませんよ」これが難関校・名門校。
難関校・名門校は、学校としての成長の歴史がずいぶん前に終わっているから、すでにできあがった状態なんです。だから学校の方針に家庭がマッチするかどうかという視点は大切ですね。
時代の変化に合わせて、学校選びの基準も変わってきています。
ひとつのポイントとして、「この学校でなくてはいけない」という頑なな考えを持たないことが大切です。中学校受験の場合は特に、目標校に向けて勉強していくからこそ、本当は選択肢がたくさんあるのに視野が狭くなってしまいがち。
それよりも、自分の存在への自信(Being)を育み、子ども自身も、「自分はこういう人間だ」と思えて、親も「うちの子はこういう性格で、こういうところがいいところだから、こんな環境がいいだろうな。そのためには将来、こんな選択肢があるだろうから、この学校がいいのではないか」という視点で学校を選ぶべきです。
最後の最後に、信じられるのは目の前にいる子どもの存在。親は「誰よりも自分たちはこの子を理解してきた」という歴史が、何よりも大切なのだと思います。
後編では、この「自分の存在への自信(Being)」について、コロナ禍での親の変化も含め、VUCA時代に必要な子どものスキルについて教えてもらいます。
<取材・撮影・執筆>KIDSNA編集部