「だからアートは脳に良い」。発達脳科学者が語る0歳からのアート【成田奈緒子】

「だからアートは脳に良い」。発達脳科学者が語る0歳からのアート【成田奈緒子】

「子どもにとってアートに触れたり、何かを作ったりすることは大切」そう考える保護者は多いかもしれません。でも、実際にアート表現をするとどのような効果があるか知っていますか?アート体験を積んできた子どもと、そうでない子どもの違いや、保護者の関わり方について発達脳科学の観点から紐解きます。

成田奈緒子
未来を生きる子どもたちに必要な力として、「創造力」の重要性が叫ばれています。

「創造力といえば、アート?ならば子どもをアートに触れさせたい!」そう思う保護者もいるのではないでしょうか。

しかし、本当にアートは子どもの創造性を育むのでしょうか?

アート表現をしたときに、心や体にはどのような変化があるのか。また、アートに触れた方がよいのなら、ベストな時期はいつなのか。「子育て科学アクシス」代表で、小児科医、発達脳科学者の成田奈緒子先生に解説いただきました。

快・不快の原始的な発達が「アートな脳」の基礎を育む

犬、ネコ、ウサギ、それからトラもワニも、動物は本能に従って生きていますよね。

お腹が空けば狩りをするし、興味があればそちらに向かう、眠くなれば寝るし、敵が襲ってくれば反射的に逃げます。
※写真はイメージ(iStock.com/Leoba)
※写真はイメージ(iStock.com/Leoba)
本能で生きているのは人間の赤ちゃんも同じ。脳は、本能の役割を担う「大脳辺縁系」から順に発達していきます。

また、自律神経の調節や、ホルモン分泌、視覚や聴覚に対する反射など、生きていくために必要な体の働きを担う「脳幹」も同時に発達します。

生まれてから5年ほどかけて育まれるこれらの部分は、いわば「生きるための脳」なのです。

「アート」というと高尚なことのように聞こえますが、乳幼児期に、この「生きるための脳」さえしっかり育まれていれば、アート表現の土台は育まれます。反対に、この土台ができていなければ、その後の脳も育まれにくくなり、アート表現を戸惑う子になってしまう可能性もあるのです。

では、どのように「生きるための脳」を育んでいけばよいのでしょう?
人間の脳は、生まれてから18年ほどかけてゆっくり発達していきますが、生きるための脳だけで過ごす乳幼児期は、動物や原始人のようなもの。

言葉で現すことが難しい、非認知的な「快・不快」の感覚を頼りに生きています。
※写真はイメージ(iStock.com/Orbon Alija)
※写真はイメージ(iStock.com/Orbon Alija)
私たち大人の最初の仕事は、子どもにたっぷりと「五感」を感じさせ、快・不快の身体感覚を教えること。

子どもは自分にとって心地よければ取り入れ、不快であれば除いていく、という作業を繰り返して成長していきます。
一見アート表現には関係なさそうに思える味覚や嗅覚も、「いい匂い・悪い匂い」「美味しい・美味しくない」というふうに分類していくことで五感が育まれ、アートな感性の土台となっていきます。

たとえば、赤ちゃんにとって母乳の味や母親の肌の匂いは「快」でしょうし、沐浴中もお湯の匂いや肌ざわり、温度を感じながら、快と不快の分類をしています。

人間は何も持たずに生まれてくる。乳幼児の場合はアートとまではいかなくても、ストック0の状態から、快も不快もいろいろな感覚を教えてあげて、五感のストックを増やしていくことが大切です。
※写真はイメージ(iStock.com/Foremniakowski)
※写真はイメージ(iStock.com/Foremniakowski)

乳幼児期は「見せる」だけでなく「認知」もセットで

とはいえ、生まれてすぐの頃に「アートに親しんでほしいから」と、細かな描写の絵画を見せても、この頃の赤ちゃんは認識できません。

なぜなら新生児の視力は0.1以下ともいわれ、赤ちゃんの視界はぼんやり。色彩の変化や細かな模様を認知することができません。

多くの乳幼児向けの絵本が、はっきりとした色や形で大きな面積をとって描かれている理由もここにあります。
※写真はイメージ(Oksana Shufrych/Shutterstock.com)
※写真はイメージ(Oksana Shufrych/Shutterstock.com)
3カ月で視力0.3ほど、2歳でやっと0.6くらい見えるようになってきますが、生後間もない赤ちゃんはそもそも保護者の顔も認知できないほどの視機能しかないうえに、眼球の運動筋もあまり発達しておらず、目の動きもゆっくりです。

まずは保護者を認知させてあげるために、顔を近づけて話しかける。単色のはっきりした色の洋服を着ると、より認知しやすいでしょう。何かを見せるときは、できるだけ赤ちゃんに近づけて見せてあげてください。

赤ちゃんは大人の口の動きを見て言語を習得していくため、話かけるときはゆっくり口を動かすこともポイントです。

細やかな色彩や模様を認知できるようになるのは、その後の段階になります。
「大脳皮質」が発達してくる1歳以降は、考えることを司る「人間らしさの脳」が成長する時期。五感で得た情報を「認知」させていく必要があります。

たとえば、私たち大人は「黄色」と言われれば、基本的にはほとんどの人が「ああ、あの色ね」と思い浮かべることができますよね。でも、これってよく考えると高度な認知をしているのです。
※写真はイメージ(Oksana Volina/Shutterstock.com)
※写真はイメージ(Oksana Volina/Shutterstock.com)
黄色といっても、タンポポの色、レモンの色、山吹色、黄金色……微妙なグラデーションも含め、大人はまとめて「黄色である」と認知している。そして、絵本に黄色い太陽が描かれていても、それが本物でないことを知りながら「太陽」であることを認知しています。

子どもに、この認知を体得させることが保護者の役割です。

「これは黄色で、お空にある太陽で……」と言葉を補充していかない限り、子どもの認知が形成されていくことはありません。本物の太陽を見ても、説明なしに「これが絵本で見た太陽か」と認知するのは難しいのです。
※写真はイメージ(iStock.com/pondsaksit)
※写真はイメージ(iStock.com/pondsaksit)
同様に、アート作品を見せても、ただ見せっぱなしでは意味がありません

保護者が語りかけることで、子どもが「五感で感じたもの」と「意味」を紐づけていくことが必要です。

そもそもアート活動は心をリラックスさせる効果がある

ここからは、アートに取り組む場合のお話をしましょう。実際に手を動かしてアート活動をしたとき、心や体にはどのような影響があると思いますか?

私が代表を務める子育て科学アクシスでは、アートワークを行なっています。
子育て科学アクシスで行ったアートワークの様子(提供:成田奈緒子先生)
子育て科学アクシスで行ったアートワークの様子(提供:成田奈緒子先生)
そのなかで塗り絵、切り絵、コラージュ、パステルアートなどを行なった前後で心身の変化を計測してみると、統計的に有意な差が認められました。主に保護者を対象として行った調査となりますが、心や体の動きの変化は子どもも、おおよそ同じです。
すべてのアート活動の前後で個別に計測しましたが、心拍の変化はだいたい同じような動きが見られました。

自律神経とは、体の働きを調整する神経のこと。わずか100分ほどのアート活動で、自律神経そのものの動きは活発になる一方で、心拍は下がり落ち着いた状態になることがわかりました。

たとえば、赤、青、黄の3色のクレヨンを、水に濡らした脱脂綿でぼかして描いていくパステルアートは、前半は見本に従って画一的な絵を描きます。そして後半では、自分のクリエイティビティを発揮し、自由に描いていく。
見本の抽象画を見ながら3色パステルアートに取り組む(提供:成田奈緒子先生)
見本の抽象画を見ながら3色パステルアートに取り組む(提供:成田奈緒子先生)
前半を終えた時点でも心拍は下がり、自律神経は活発に働いていたのですが、後半はさらにその数字の開きが大きくなりました。創造力を使ったアートの方が、より大きな差が認められたのです。

それから、自覚する気分にどのような変化があったかを質問しました。その結果がこちらです。
 
 
ネガティブな感情の指数が下がっている反面、活気だけは上がっている。いずれも統計的な有意差がありました。

気分不良得点(気分の不快指数を測った調査。得点が低いほど気分がよい)の前後変化を調査した結果も、20点台から一桁へと有意に下がっていました。

これらの結果からわかるように、アート活動をすると「気分がよくなり、自律神経の状態を良好にする」ということは、普遍的であると考えてよいでしょう。
アートワークで制作した切り絵(提供:成田奈緒子先生)
アートワークで制作した切り絵(提供:成田奈緒子先生)

脳の許容性も増し、子どもの世界を広げてくれる

ただ、この結果には個人差があり、普段からアートに慣れ親しんでいる方や、もともと創作が好きな方ほど副交感神経の下がり幅が大きくリラックスしやすかったのです。

一方で、あまりアートに慣れていない方の場合は、逆に緊張してしまうことも。

そういう意味においても、幼いころからアートに親しむことは大切だといえるかもしれませんね。アートワークは即効性のあるストレス解消法ですから。

それだけではありません。幼い頃からアート表現をしてきた子どもは、前頭葉が発達し、計画性や集中力があり、自らモチベーションを生み出せる子が多いのです。
※写真はイメージ(iStock.com/kohei_hara)
※写真はイメージ(iStock.com/kohei_hara)
その一方で、乳幼児期にその体験が少なかった子どもは小学生くらいになると、絵具を手に付けたり、粘土を触ることに抵抗感を覚える子どもたちが出てきます。

幼い頃にそうした経験を積んでこなかった子どもたちは、新しいことにチャレンジするときに恐怖感や不安感を抱く傾向があります。

たとえばサッカーに打ち込んでいても、誰もがプロのサッカー選手になれるとは限りません。どこかのタイミングで挫折したときに、他のものに興味を持てないと「自分はもうダメだ……」と思い込んでしまう。

それは、自分の世界を狭めてしまうことになるのです。

だから乳幼児期は、とにかく雑多な、いろいろなものに触れさせてください
※写真はイメージ(iStock.com/golubovy)
※写真はイメージ(iStock.com/golubovy)
そうすると子どもは、表現に対して「何でもアリなんだ」と思えるし、それ以外のさまざまなことに対しても柔軟に対応できる、許容性を身に付けられます。

アート活動は、ただ画力や工作力といった技術を向上させるのではなく、柔軟な感受性を育む役割を担っているのです。

大人は子どものアート脳を育む邪魔をしない接し方を

自分の世界をどんどん広げる子どもになってほしいと思ったら、保護者はどのような関わり方をすればよいのか。

アートというほどのものでなくても、新聞紙をぐちゃっと丸めて箱に詰めたり、手のひらに絵具を塗ってぺったんと押したり。きれいごとのアートではなくて、原始的な脳を刺激して子どもが「何だか楽しいぞ!」と思えるようなことをたくさんしてほしいと思います。

ポイントはふたつ。
 
 
子どもが何を描きたかったのかわからない場合に「ここはどうやったの?」などと、質問をすることはオーケー。

ただし、子どもが緑色に空を塗り真っ黒な太陽を描いていても、「空は青、太陽はオレンジだよね」などと言わないことが鉄則です。大人が思い描くものと違っていても、子どもが自発的に作ったものに関して、正そうとしてはいけません。

子どもが作ったものに対して評価をさない。だから、無暗に褒める必要はなく、認めることが大切なのです。

子どものもっと小さい頃と比べて、表現できるようになったことの広がりをただ認めましょう。それだけで子どもは「自分はここにいてもいいんだ」という確信が芽生えます。それはいろいろなことに積極的に取り組んでみようと思う土台になるのです。

子どもが何かを作るとき、保護者は何ひとつ手伝いません。そうではなく、保護者こそ熱心に作ってみてください。
 
 
「ミラーニューロン」という神経細胞は、他の人の行動を見ているときでも、自分が行動するときと同じように脳に刺激を与えます。

だから保護者が楽しそうに手を動かしていれば、子どもも同等の脳の興奮が起こり「やってみたい!」という気持ちが湧きおこるのです。

身近にある段ボールやお菓子の箱、100円ショップで折り紙やモール、ビーズ、粘土などを買ってきてビニールシートの上に広げる。そして「何を作ろう?」と童心に戻って熱中していると、子どももいつの間にか作り始めているはず。

保護者も「何を作ろう?」と取り組むことで前頭葉が刺激されますし、リラックス効果のあるアートに取り組めば解放感を得ることができます。
※写真はイメージ(iStock.com/miljko)
※写真はイメージ(iStock.com/miljko)
実際に、ひとりでコラージュしたときよりも、複数人で行う集団コラージュをしたときの方がより強いリラクゼーション効果があることも確認されています。

自律神経によい働きがあれば、自然と笑顔も出やすくなるでしょう。「笑顔の保護者と楽しいことをした」という経験は、快の記憶として子どもに残ります。

そうすると、「うまくできなくてもアートが好き」な子になって、どんな未来が訪れても身近なものから楽しみを見出せる大人になってゆくのだと思います。

最後にお伝えしたいことは、乳幼児の快の感情は保護者の笑顔とともにあるということ。親子でいっしょにアートを楽しんではいかがでしょうか。
<取材・執筆>KIDSNA編集部

2021年10月22日

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