【辻愛沙子/前編】次の社会を担うZ世代の「発信」というアクション

【辻愛沙子/前編】次の社会を担うZ世代の「発信」というアクション

1995/1996年以降に生まれ、スマートフォンやSNSが当たり前にある中で育ったソーシャルネイティブである「Z世代」は、これからの時代をどう切り拓き、どんな革命を起こしていくのか。世代のギャップを超え、親自身の考え方をアップデートするため、その価値観に迫っていく。第1回は、株式会社arca(アルカ)代表取締役社長で、広告クリエイティブディレクターとして活躍する辻愛沙子氏が登場する。

パソコンやスマートフォン、YouTube、Twitter、InstagramなどのSNSを多くの人々が当たり前に使う時代に生まれた現代の子どもたち。

今はまだ小さい彼ら彼女らが、これからどんな価値観を持って、どんな社会に出ていくのか、親世代である私たちは計り知れない。しかしそのヒントとなるのが、ビジネス、アート、スポーツなどさまざまな分野で活躍し、今まさに社会に影響を与えている「Z世代」だ。

1995/1996年以降に生まれ、スマートフォンやSNSが当たり前にある中で育ったソーシャルネイティブの彼らは、溢れかえる情報の中で必要なものを読み取り、自ら積極的に発信をしている。

「私の中で一番強いのは、『これまで広告が生み出してきた差別や偏見をなくしたい』という思い。

時代の転換期である今、その目的のために自分のクリエイティビティを発揮して、業界や社会全体の感覚をアップデートしていきたい」と語るのは、arca(アルカ)代表取締役社長でクリエイティブディレクターとして活躍する辻愛沙子氏(以下、辻さん)。

1995年生まれでまさにZ世代の先頭を走る彼女は、どのような子ども時代を経て今の考え方に至り、世の中への影響力を発揮しているのだろうか。辻さんの思考や行動力の背景と、Z世代がもたらす変化に迫っていく。

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辻愛沙子(つじ・あさこ)/1995年生まれ。株式会社arca(アルカ)CEO。社会派クリエイティブを掲げ、広告から商品プロデュースまで領域を問わず手がける越境クリエイター。慶應義塾大学の在学中に株式会社エードットに入社し、幅広いジャンルでクリエイティブディレクションを手がける。女性のエンパワメントやヘルスケアを促す「Ladyknows」プロジェクト代表や、報道番組 news zero の水曜パートナーとして、レギュラー出演も務める。

たくさんの人に届けられる広告で、社会を変える

――数ある仕事の中で、なぜ辻さんは広告を選んだのでしょうか?

「今の自分がやってることを幼少期から明確にイメージしていたわけではないですが、小さいころからものづくりが好きで絵を描いたり、小説を書いたりしていました。“作る”仕事の中から“広告”を考え始めたのは大学に上がった頃からですね。 割と明確に『広告の世界に行こう』と。

クリエイティブな仕事のうち、映画やドラマ、アートなどは、基本的に私たちが作品にアクセスしようと思わないと見られないものが多い。それが素敵な部分でもありますし、映画も小説も個人的には大好きなんですけれど、伝えたいメッセージはオープンな場だからこそ強烈に社会に響くんじゃないかなと思ったんです。

一方で、広告は街中にもインターネットにもどこにでもあって、良くも悪くも、不特定多数の人に本人が意図しない場面で届けられる数少ない表現方法だなと思っていて。

たとえば、スキップしたり、課金してまで非表示にしたくなるような、見ていていやだなと思う広告表現ってあるじゃないですか。

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当時はうまく言語化できていなかったと思いますが、今それを『なんでいやだと思っていたんだろう?』と考えてみると、たとえば学校が舞台のCMです。

スポーツを“がんばる”のは男の子で、それを“応援する”のが女の子という性別の対比を、すごく美しい青春として描かれているものをよく見ると思います。広告界の名作といわれてい る作品にもこの構図のものがあって。 

こういう描写は、意図して誰かを虐げようと思っていたわけでなくとも、『女性は控えめで、男性を支える存在だ』というジェンダーバイアス(男女の役割についての固定観念)を再生産してしまうことにも繋がるんです。

無意識のうちに社会に大きな影響を与える広告だからこそ、今まで『普通はこうだよね』と言われてきたことへの感覚をどんどんアップデートしていかなきゃいけない。

幼少期からこれまでの経験の中でそう思うようになり、広告という仕事に就くことができたので、これまでの広告が生み出してきた、先入観や固定観念、偏見といった“ステレオタイプ”の再生産をなくしたいという気持ちが、仕事をしていくにつれどんどん強くなっていったんです。

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女性のよりよい生き方、働き方を実現するためのプロジェクト「Lady Knows」を立ち上げ。2019年10月には、期間限定の婦人科検診イベント 「Ladyknows Fes2019」をさまざまな企業の協賛のもと開催。ワンコインで受診できるレディースドックは即日完売となった。

もともと大学在学中にエードットという広告会社でインターンから正社員として働いていたのですが、こうした社会課題に向き合い、女性を、社会を、エンパワメントする、ということを掲げ、2019年10月に、エードットのグループ会社としてarca(アルカ)を立ち上げました。

実際やってみると難しいこともたくさんあって、あらためていろいろ勉強しながら取り組んでいるところなのですが、その中で感じるのが、広告に限らずあらゆるものが今、想像以上に大きな時代の転換期を迎えているということ。

広告っていう世界が長年かけて作り上げてきた偏見みたいなものがすごくあって、それがここ3年くらいでまた大きく変わってきたなというのは、いろいろ見ていて感じます」

相反するものが当たり前に共存する世代

――1995年生まれの辻さんは、10歳の年にYouTube、12歳の年にiPhoneが登場しています。Z世代はSNSの活用が上手い印象がありますが、共通して見られる特徴は何だと思いますか?

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「社会ごとと自分ごとがちゃんと繋がっているというか。社会で起きていることについてものすごく意識が高い世代だと思うんですよ。

たとえば学校の教科書でもSDGsが取り上げられているし、それだけでなくストローが紙になったり、レジ袋が有料化したり、実際の生活も影響を受けてどんどん変わっていく転換の時代を生きている。

そして何より、SNSを使うことが当たり前でもあるので、少し前に生まれた世代であれば、二項対立的に相反するものとか、共存しないと言われていた人の興味や嗜好といった要素が、ひとりのひとりのなかで共存する二律背反さを持っていると思っています。いわば、分人のようなものでしょうか。

たとえばkemioさんはそれを代表する象徴的な存在ですけど、ギャルでポップなしゃべり方で、大人たちのいう『賢そうな話し方をする子じゃない人』だけど、ものすごく社会のことを考えて発信している。ローラさんやEXITの兼近さんもそうですよね。

友だちとタピオカを飲んで『あげー』って言ってる日常の中で、ジェンダーや政治、社会問題についても同じように見聞きし、考えているんですよ。

そしてSNSでは、『私はこういうファッションが好き』っていうことと同等に、『こういう差別が許せない』『私はこういう生き方がしたい』ってことを切り離さずに発信する。そういうオープンな世代なんだろうなと思っています。

iStock.com/show999
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一方で、kemioさんはよく“うちら”って言うじゃないですか。あれと同じように、半径5mの幸せというか、自分たちのクローズドなコミュニティを大事にしているのもZ世代の特徴かなと。

たとえば広告でいうと、テレビCMのように食卓に家族全員集まって同じものを見る時代から、YouTubeのように個人個人が好きなチャンネルを登録して、見てるものがどんどん個人に合わせてキュレーションされてカスタマイズされている時代になっている。

つまり、SNSで『個』を発信し、常に誰かとつながっているからこそ、属性の枠組みにとらわれないオープンマインドなところと、内輪的な自分たちだけのスモールコミュニティを持っているところが共存しているんです」

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属性の枠組みで判断せず目の前の個人を見る

――いろいろな顔や考え方を複数持っていて当たり前の世代なんですね。

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「SNSのアカウントの使い分けも特徴的です。

昔は“裏垢”とよく言っていましたが、今は“裏”ではなく“サブ”垢的な感覚で、複数のアカウントをもって、たとえばジャニーズ推し用アカウントとか美容アカウントとか、学校用のアカウントがあることが当たり前です。

つまり、『これが好きならこっちは好きじゃないはず』といった“らしさ”のくくりや固定観念や偏見がない世代なのではないかなと思います」

――SNSで不特定多数の目に自分の意見がさらされることもあり、他人からの評価に苦しめられることも多いのではないでしょうか?

「そうですね。もちろん悩むことは少なく ないですけど、それ以上に、伝えるべきことは伝えていきたい、声を上げねばならないものは上げていきたいという思いが強いんだと思います。報道番組に出るようになってより一層その思いが強くなりました。クリエイターだから企画の話ばかりしなくちゃいけないかというと、当然そんなことはない。社会は誰のものでもあるわけですから。

それと同じように、世間でもよく話題になりますが、俳優、歌手、スポーツ選手として活躍している人たちが対差別的なことや政治的な発言をすることの共存だって、何もおかしなことではないはずです。

iStock.com/Wachiwit
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今の仕事をはじめた当初、『現役女子大生“なのに”クリエイティブディレクター』と表現されることがあってモヤモヤしていました。

これは若い女性がバリバリ広告ビジネスをしていることが“普通は”おかしいという前提があるからこそ、出てくる言葉なんですよね。

こんな風に『女子大生』『25歳』『ギャル』といったラベリングをされた枠で人を見ていた時代から、目の前にいるその人自身、ひとりひとりの個人を見ないといけない時代に変わってきていると思います。

たとえばYouTuberのエミリンさんは、もともと芸人をやられていて、『女芸人が女を出したら笑ってもらえないよ』と周囲から言われていたことをご自身の動画で発信されている。

それでも、『女芸人はこうでなきゃいけない』『自分のキャラ的に女らしくしてはいけない』といった固定観念から脱して、『自分はこうしたい』という気持ちでもって、悩みながらもおしゃれを楽しんでいる姿が印象的でした。

『女芸人』という属性の枠の中ではこれまで良しとされていなかったことがなくなり、正解はひとりひとり違っている、もしくは正解なんてない状態である、ということを私たち世代は自然と受け入れているように思います」

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――今お話しいただいたZ世代の特徴のように、ご自身の経験の中で、異なる2つのものが共存していると感じたことはありますか?

「広告の仕事では、社会的な文脈と企業をつなぎ、社会課題の解決と企業課題の解決を合わせて行うようなプロジェクトを行うこともあります。

自分の音楽やファッション、アートなどのルーツから来るクリエイティブとして、自分がこういったものを作りたいという気持ちももちろんありますが、広告である以上まずはクライアントさんが社会に向けてどんなメッセージを発信すべきかというところが最優先事項です。

次にその先にいる、社会のなかの生活者の人たちが今何を求めていて何に苦しんでいるかといった声も代弁しながら、いろんな人たちの想いを俯瞰的に見て作らないといけない。

そういった意味では複数の視点を共存させながら考えています」

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キャプション:ネーミングからコンセプトメイク、グラフィックや内装デザインまで一貫してプロデュースしたタピオカ専門店「Tapista」。2019年7月の参議院選挙時に、投票済証明書を提示した人にドリンクを半額で提供するというキャンペーンを実施した(出典:arca HP)

変化の中で育ち、新たな価値観を生み出す子どもたち

――辻さんはちょうどZ世代の先頭にあたりますが、下の世代に対して違いは感じますか?

「私たち95年生まれはミレニアル世代とZ世代の中間のような位置づけで、新しい世代の価値観も感覚的にはわかりつつも、前の世代の葛藤や感覚も理解できるという層。

広告やテレビなど表現の仕事じゃなくても、社会のありとあらゆるところで変化があって、たとえばサービスも最近ちょっとずつ変わってきていますよね。

会員登録をするときに性別を書く欄に、男性・女性の他に『どちらでもない』があったりとか『言わない』という選択肢もあったりする。こうした3つめの選択肢が増えてきているんですけど、この部分に関してはまだまだだと感じていて、これから大人になっていく世代がちょっとずつひっくり返していくのではないかなと思っています。

iStock.com/indianeye
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一方で、下の世代を見ていると、社会がしっかりと変わってきているんだなと感動することもあります。 

まず、2018年に、アニメ『プリキュア』でシリーズ初の男の子のプリキュアが登場して話題になり、とあるメディアの記事でそれを知って感動してたんです。大人たちがSNSで口々に絶賛していて。

その記事の中でさらにハッとさせられたのが、今の視聴層の子どもたちは『何にそんなに親たちは驚いてるんだろう』って、『別に男の子のプリキュアがいてもそんなに驚くことじゃなくない?』くらいのリアクションで、すでにそれを当然のこととしてとらえている。それを読んで『うわー、希望だな』と思いました。

極論、私たちはちょっとずつ社会で起こっている変化を感覚的に理解しているところと、意識的に変えていかなきゃいけないと感じているところの両方を歩んでいる。

時代の転換期である今、こうした感覚が当たり前になっていくのがさらに下の世代なんだろうなって思うんですよね」

――社会の転換期の真っただ中で成長して、変化を抵抗なく受け入れたり、自ら起こして行動していける世代なんですね。

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「そうだと思いますね。今までも、大人たちがそれまでの社会をちょっとずつひっくり返して、女性が参政権を持ったり、働きやすくなったりしてきた。

そういうルールチェンジや意識改革を繰り返してきた中で、一部の人たちが声を上げてくれていたのが、ようやく社会全体のうねりになって、古くからあるものと新しいものが拮抗している状態が今なんだと思います。

日々変化があって、一カ月や半年でもかなり感覚が変わっているなと。これまでの“普通”や“常識”が残っている社会構造の中では難しい部分ももちろんありますが、世の中に何かを発信する側も、それを受け取る側も少しずつ意識がアップデートされてきているんじゃないかと思います。

急に大きく世界をひっくり返すのは無理でも、ちょっとずつちょっとずつを繰り返して変わっていけたらいいですよね」

次回、中編では、社会課題と向き合うクリエイティブディレクターとしての辻さんが、どんな幼少期を過ごし、広告という仕事に就くようになったのかそのルーツに迫る。

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<取材・撮影・執筆>KIDSNA編集部

2020.10.20

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