手出し口出しはせず、見守ることの大切さ【高濱正伸】

手出し口出しはせず、見守ることの大切さ【高濱正伸】

これまで以上に不確実な時代を生きる子どもたち。長年教育現場に携わり、多くの親子を見続けてきた花まる学習会代表・高濱正伸先生に、親子が直面するさまざまな課題に対し、親としてどう考え、どのように子どもと関わっていくべきか語っていただきました。

高濱正伸(花まる学習会代表)

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高濱先生:信頼と放置との違いはズバリ、「見ている」ということです。

たとえば、子どもが公園で知らない子とトラブルになりそう、ケガをしそうなど、なにか失敗しそうなとき、口と手は出さずに見守ります。

一度痛い目に合い失敗したからこそ、次回は同じ失敗をしないようにしようと学習することができます。

親は子どもの泣いたり笑ったりする姿をしっかり見守り、子どもが元気であることを肯定してあげましょう。

最近、世の中のママたちは「〇時間本を読ませよう」「〇歳までにこれをさせよう」など、子育てや教育に関して情報過多になりすぎているように思います。

でも、お子さんに「ハイハイしなさい」「しゃべりなさい」と言いましたか?

基本的に子どもは、植物が成長するように、遺伝子レベルで、ある年齢になればさまざまなことができるようになっています。それがその子の持つ力です。

親があれこれ指図せずとも、友だちを作ろうとし、学びたいと思い、人の役に立とうと行動するようになります。

でも、植物が育つために太陽と水が必要なように、子どもが育つためにはお母さんの笑顔と関心が必要です。それさえあれば、子どもたちが持っているものを伸ばすことができるでしょう。

ですから、放置との違いは、子どもの成長と健康をただそれだけで「嬉しい」と喜ぶことです。それさえ伝われば、子どもたちは嬉しくなり、「ママパパに見てほしい」と成長していくものです。
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私が考える「つぶさない子育て」とは「手出し、口出し」の問題です。

ルソーも書いているように、わが子がかわいいがゆえに、転ばぬ先の杖を出したくなるのが親という生き物ですが、実はそれはいちばん残忍な行為です。

自分で失敗して、痛みを経験するからこそ、「次はこうしよう」と思うことができる。手出し、口出しはその大切な機会を奪っていると自覚してください。

手出し、口出しを続ければ、自分で考えることも判断することもできない大人になってしまうでしょう。

大事なことは、失敗も含めて子どもたちがやることを大きく見守ること。

たとえば習い事でスポーツをしていて、なかなかうまくいかずレギュラーになれなかったとしましょう。そんなときこそ、自分の心をコントロールすることを知るチャンスです。

「もうやめたほうがいいのかもしれない」と思うこともあるでしょう。そこで「でも、やっぱりサッカーが好きだから続けたい」という気持ちが芽生えるかもしれません。

このように、ネガティブなときこそ自問自答し、哲学がうまれるチャンスです。それを見守ることが「つぶさない子育て」です。

一方、放置とは「知らない」し「見ていない」、もっといえば、なにか聞いたり見たりしてもまったく関心がない状態です。

忙しいからとお金を与えるだけの育児を続ければ、子どもの中心、魂が病気になります。そういう家族をたくさん見てきました。

子どもが心から求めて欲しがっているのは、「親がちゃんと自分を見てくれること」。そして、親の関心が自分に向いているかどうか、子どもにはちゃんと分かるものです。
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高濱正伸(花まる学習会代表)

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1959年熊本県人吉市生まれ。東京大学農学部卒、同大学院農学系研究科修士課程修了。1993年「花まる学習会」を設立。「メシが食える大人に育てる」という理念のもと、現在も現場に立ち続ける。2020年から無人島プロジェクト開始。ニュース共有サービス「NewsPicks」のプロピッカー/日本棋院理事/算数オリンピック作問委員/「情熱大陸」などTV出演多数

花まる学習会

2022年02月17日

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