これがないと母国語の習得すらできない…人の頭の中が「思い込みと偏見」に満ち溢れている本当の理由
Profile
偏った考え方を生み出す思考バイアスは悪なのか。認知科学の研究者の今井むつみさんは「バイアスは私たちが限られた認知能力で世界を捉え、学び、渡り歩いていくためには不可欠なものである」という――。 ※本稿は、今井むつみ著『人生の大問題と正しく向き合うための認知心理学』(日経BP)の一部を再編集したものです。
同じ事実でも言い方で判断が変わる
バイアスの影響範囲は測定不能
イェール大学で心理学を教えているアン・ウーキョン教授は『イェール大学集中講義 思考の穴 わかっていても間違える全人類のための思考法』(花塚恵訳、ダイヤモンド社)の中で、さまざまな思考バイアスを解説しています。
たとえば、同じ事実でも言い方を変えるだけで判断が真逆にも変わってしまうのが、「フレーム効果(フレーミング)」です。ある手術を受けるかどうか迷っているとき、医師から、
「この手術の成功率は90%です」
と言われた場合と、
「この手術は10%の確率で失敗します」
と言われた場合では、手術を受けるかどうかの判断が変わってしまいます。どちらの言い方も、成功率は90%であるにもかかわらず、です。
あるいは、私たちの意思決定は、すでに支払って取り戻せないコスト(時間やお金)に影響を受けてしまいます(サンクコスト回収バイアス)。
典型的なのは、ギャンブルや投資です。これまでつぎこんだお金をあきらめられず、冷静に、合理的に考えればとてもリスクが高いかけ事や投資に、さらにお金をつぎこんで、損を膨らませてしまうのです。
このように、思考バイアスを探せばキリがなく、「人間は思考バイアスの塊」といっても過言ではないのです。
バイアスは負の側面だけではない
バイアスは人間の種としての生存戦略?
ここまで話してきたように、思考バイアスにはたしかに多くの負の側面があります。しかしそれでも、悪いことばかりではありません。人間が学習し、知識の体系を創っていくためには何らかの思考の偏りが必要です。思考バイアスは、人間という種が生物として進化する過程で獲得したものなのではないでしょうか。
私が主に研究している乳児期の子どもであっても、実はいくつかの思考バイアスを持っていることが確認されています。
その一つは「対称性バイアス」です。「対称性バイアス」とは、「AならばBである」と聞いたときに「BならばAである」と推測してしまうバイアスで、しばしば因果関係の原因と結果を入れ替えてしまうものです。
このバイアスは、積極的なカテゴリ化を進めると同時にA→Bという結びつきを教えられたらB→A、A→Cと教えられたらC→Aなどの直接教えられていない結びつきを自力で学習することも可能にします。子どもはまさに「一を聞いて十を知る」を毎日して、ことばをものすごいスピードでおぼえています。これを可能にしているのは、この思考バイアスなのです。