認知症治療薬「レカネマブ」に300万円の価値はない…訪問診療の医師が教える「認知症寝たきり患者の本当の姿」
ピンピンコロリよりも「安楽寝たきり」がずっといい
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認知症の新しい治療薬「レカネマブ」と「ドナネマブ」が世界的に注目されている。効果はあるのか。武蔵国分寺公園クリニック名誉院長の名郷直樹さんは「治療薬は症状を改善するわけではなく、その分、患者は物忘れに苦しむ期間が延びるだけ。そこで私は『ピンピンコロリ』ではなく、『安楽寝たきり』を提唱したい」という――。(聞き手・構成=亀井洋志)
本当に「画期的な薬」なのか
アルツハイマー型認知症の新しい治療薬が臨床の場で使われるようになりました。2023年9月に承認された「レカネマブ」と、続いて24年11月に保険適用された「ドナネマブ」です。両薬剤とも、認知症の原因物質に直接作用する初めての抗体薬として注目されました。具体的には、脳内にたまったアミロイドβという蛋白たんぱく質を除去して、病気の進行を遅らせる効果が期待されています。
テレビ番組に出演した認知症の専門医が「画期的な薬だ」と評価し、メディアの報道も概おおむね好意的です。しかし、私はこうした論調に強い疑念を抱かざるを得ません。結論から申しますと、レカネマブもドナネマブも患者さんに有用とは言えず、むしろ副作用の害のほうが大きい「危険な薬」と呼ぶべきだと思っています。
私はレカネマブを含む抗アミロイドβ抗体薬について、臨床試験の結果など複数のデータを解析した論文(メタアナリシス)を精査してみました。代表的な認知症テストに、MMSE(ミニメンタルステート検査)という検査方法があります。30点満点で、23点以下で認知症の疑いとなります。
「脳浮腫と脳出血が高頻度で起きる」研究結果も
レカネマブなど抗体薬を服用した群と、プラセボ(偽薬)群に分けたランダム化比較試験において、1~3点の差がつけば、一応は患者さんを相手にした臨床の場で有用との目安があります。ところが、この論文ではわずか0.32点の差しかありませんでした。こんなに小さな差では、患者さんに薬が効いたと実感することは不可能です。
実際、医者が診察室で21点の人と23点の人を診ても、ちがいなど全然わかりません。10点と20点の差であれば、問診をしたり、スマホやリモコンを操作させたりして、ようやく判断することができます。
認知症の専門家は臨床の専門家ではなく、基礎研究ばかりに没頭していることが最大の問題です。ですから、実験室の中での結果だけを思い浮かべて、「画期的な薬」だと礼賛しているのです。
臨床的な効果は示されない一方で、副作用のほうははっきりしていて、臨床試験で脳浮腫と脳出血が高い頻度で起きています。先の論文でも、画像上の検討で、9人に投与すると1人の脳浮腫、13人に投与すると1人の脳出血が発見され、症状を引き起こす脳浮腫では86人に投与すると1人に起こると報告されています。価格面を見ても、レカネマブとドナネマブの患者さんの負担額は年間約300万円もかかります。一般的な感覚で言えば、公費を投入して使うべき薬ではないと言わざるを得ません。