「フッ素樹脂加工のフライパンは人体に有害」は本当なのか…鍋を熱して有毒ガスが発生する危険温度
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360度以上になると有毒なガスが放出される
健康への影響が懸念されている一部の有機フッ素化合物(PFAS)について、環境省は水道水の「水質基準」項目に追加する方針を決定し、3月27日までパブリックコメントを実施中だ。PFASのうち、PFOS、PFOA合算で1リットルあたり50ナノグラムを水質基準とし、2026年度から施行される見込み。PFASについてこれまで定められていたのは「暫定目標値」で、検査が法的に義務付けられていなかった。水道法に基づく基準となれば、水道事業者である自治体などに、定期検査と基準を超過した場合の対策が義務付けられる。
市民のPFASへの不安が高まるにつれ、「フッ素樹脂加工のフライパンは危険」という情報もソーシャルメディア(SNS)で目立つようになってきた。フッ素樹脂加工の鍋は、テフロンやダイヤモンドコート、マーブルコートなど、さまざまな名称で販売され多くの家庭で使われている。不安になった人も多いだろう。実はこの情報、流されては科学的に否定されるという現象をこの10年ほど、繰り返している。PFASに対する不安につけ込み、またもや再燃、である。
まずは、問題となっているPFASとフッ素樹脂加工に使われるPTFEは、異なる性質を持つことを理解する必要がある。PFASは、強く安定した炭素-フッ素(C-F)結合を持つ化合物の総称で、1万種類あるとされている。多くのPFASは撥水・撥油性があり安定性が高く、溶剤や界面活性剤、繊維やプラスチック等の表面処理剤、泡消火薬剤などに使われてきた。
その中で現在、PFOS、PFOA、PFHxSの健康への影響が懸念されている。ただし、PFOSは2010年、PFOAは21年、PFHxSは23年に第一種特定化学物質(※1)に指定され、製造や輸入が原則禁止されている。禁止される前に使われた、環境中に存在するこれらの物質が飲料水や食品等を汚染し、健康影響を及ぼす可能性がある。
※1:難分解性、高蓄積性および長期毒性または高次捕食動物への慢性毒性を有する化学物質。現在39種類の物質が指定されている。
これに対して、鍋の加工に使われるPTFEは有機フッ素化合物ではあるものの、性質が違う。PFOS、PFOA、PFHxSは炭素が6つか8つつながった分子で、水に溶けやすい。一方、PTFEは炭素にフッ素が2つ付いた結合が、1万から数十万つながった重合体(ポリマー)だ。複雑な構造の樹脂となっており、それで鍋をコーティングすることで、耐熱性が増して食品がくっつきにくくなる。PTFEが鍋から剥がれて細かくなっても、水溶性分子にはならない。食べても体内に吸収されず、そのまま排出されることがわかっている。
以前は、PTFEの製造助剤としてPFOAが使われていた。しかし、健康への懸念から米国では事業者が自主的にPFOAを使わない製造法への切り替えを進め、15年には移行が完了。日本でも、13年には使われなくなったとされている。そのため、米国をはじめとする多くの国が現在、フッ素樹脂加工の鍋について正しい使い方をしていれば安全、として使用を認めている。
もちろん、使い方を間違えれば問題が生じることもある。フッ素樹脂加工した鍋を空焚きし、360度以上になるとPTFEが分解し始めて有毒なガスが放出される。そのガスを吸引すると鳥は死に至る可能性もあり、ヒトもインフルエンザのような症状を示すとされている。このため、メーカーは安全にPTFEのコーティングを守りながら鍋を使うための注意事項として「中火以下で調理」「空焚き禁止」「調理器具はコーティングを傷つけにくい木や竹、樹脂などでできたものを用いる」「調理後の急冷禁止」「調理後の料理を入れっぱなしにしない」「柔らかいスポンジで洗う」などを示している。
ただし、EUでは欧州化学品庁(ECHA)が23年、PFOSやPFOAだけでなく、PTFEも含めほぼすべての有機フッ素化合物を禁止する案を公表した。
パブリックコメントの結果、5600通の意見が寄せられ、一律禁止ではなく物質ごとの判断を求める声が強かった。日本弗素樹脂工業会も「フッ素樹脂は化学的に安定で毒性がなく、人や環境に影響を与えない」として規制の免除を求めている。ECHAは寄せられた意見を精査中で、まだ方針は決まっていない。