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無能だったら東大に行け。世帯年収300万円台から独学で東大に受かった布施川天馬の勉強法
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子どもの学力は、お金をかけなければ伸びないのか。世帯年収300万円台の家庭から、ほぼ独学で東京大学に合格した教育ジャーナリストの布施川天馬さん。現役時代は合計1,807円の中古参考書を武器に数学の偏差値を20近くも伸ばしました。「量で勝てないなら質で勝負する」と語る布施川さんの受験戦略と、その土台になった幼少期の経験を聞きました。
人生が傾きかけた高3の秋、独学で受験勉強を始めた
——まず、東大を目指したきっかけを教えてください。
きっかけは、高3の秋に家庭が一気に傾いたことです。母が乳がんのステージ2になり、父の会社も傾いてしまった。父は日中、独立のために営業ルートを築き、夜は日雇いの倉庫作業のバイトをして、必死に稼がなければなりませんでした。そうなると、母の看病をできるのは自分しかいません。
人生が明らかに傾きかけている感覚が当時あって、それをどうにかできるのは公的機関でも誰でもなく、自分だけだと思っていました。自分が諦めたら、もう沈むしかない。だったら頑張るしかないですよね。死ぬ気で受かって、人生を一発逆転させる。そう決めて、高3の夏から独学で受験勉強を始めました。
もともと成績は悪くありませんでした。母校から東大に進学したのは私で3人目で、ほとんど前例がなかったのですが、それでも先生方は東大に行ってほしかったようで、「布施川なら行けるんじゃないか」と高1・高2の頃から言われていたんです。ただ、本気で「東大に行こう」と思ったのは、高3の夏から秋にかけてでした。
ブックオフで中古参考書を買い漁り、勉強を開始。この時、私は「1日12時間勉強」のような誓いは絶対に立てませんでした。勉強の"量"で勝負したら進学塾の子には絶対に勝てないと最初からわかっていたためです。勝手東大に行くならば、勉強量ではなく"質"で勝負するしかないと思ったからです。
では「質がいい」とは具体的にどういう状態か。それは、必要最低限の知識や技術が確実に身につくような勉強法でしょう。結局その年の本番で合格最低点を上回れれば受かるわけですから。
そのために必要なのは、間違える問題を減らすこと。そのために、間違える理由を(1)知識がなくて「知らない」場合と、(2)知識の使い方がわからず「できない」場合に分類しました。当時の自分は「知らない」が圧倒的に多かった。ですから、まず「知らない」を極限まで減らし、そのあとで「使い方がわからない」を減らしていく。この進め方が一番効率がいいと気付いたんです。
東大合格に使った参考書は、全部で1,807円
——どのような工夫をしながら勉強していたのでしょうか。
「何かが分かる」ということ自体にも"分かり方"があるな、と考えました。どうすれば「分かった」と言える状態になるのか。それを高3のときにずっと考えて、自分なりの「理解の定義」を決めたんです。
たとえば数学です。「解答の暗記はダメ」とよく言われますが、そうは言っても暗記しないと分からない。ではどうするかと考えて、解答の1行目と2行目の間には、書かれていないことがあるはずだと気づきました。1行目がなぜ発生するのか、1行目の記述のあとになぜ2行目が書けるのか。それを全部説明できるようになったら、この問題はクリア。そういう基準を全部の問題に設けたんです。
というのも、自分自身の能力をまったく信用していなかったからです。馬鹿な自分が納得できるくらい解像度高く言葉に起こさないと、自分にはできないと思いました。逆に言えば、できない自分が納得できるくらいまで言葉にできれば、誰でもできるはずだと考えたんです。
こうした流れを続けた結果、点数が一気に伸びて、数学の偏差値が20くらい上がりました。
——高3の夏から本番まで、何か綿密な計画を立てていたのでしょうか。
いえ、計画は立てていません。というのも、やることが多すぎるし、一つひとつが大きすぎるからです。全体として何をやれば受かるのか、解析すべき情報量が多すぎてわからないんですよね。だから「とりあえずこれとこれをやらないとスタートラインに立てない」という参考書を、夏休みから12月くらいまでひたすら消化していました。
高3の夏の模試では数学での80点中3点をはじめ、惨憺たる出来でしたが、そこから半年で一気に200点くらい上げて、本試験では550点中299点まで行きました。もちろん不合格だったものの、「この伸び率なら、いけるな」と思ったんです。
それで浪人生活に突入し、読み通り、一浪で東大合格を勝ち取ることができたんです。予備校代など諸経費は、父と母が消費者金融に借金をするなどして工面してくれたので、「絶対に負けられない」と冷や冷やしましたけどね。ちなみに、合格後、自分が使った参考書を中古価格で全部そろえたらいくらになるか計算したら、1,807円だったんですよ。
数学は『チャート式 基礎からの数学』の青版(数研出版)。進学校では中1からやっているらしいですが、うちの学校では「高2・高3でチャレンジ」くらいの位置づけの参考書でした。これを全部やりました。
英文法は『Next Stage』(桐原書店)。『Vintage』(いいずな書店)や『スクランブル』(旺文社)と同じ系統のものです。1冊を3周ほどやったら、ざっくり身につきました。
古典文法はZ会の古文読解の参考書(『古文上達 基礎編 読解と演習45』)。世界史は『ナビゲーター世界史』全4冊(山川出版社)。旧課程なので今どこまで参考になるか分かりませんが、これらを一通り読みました。
私は、一定のところまでは学習塾はいらないと思っているんです。ある程度河合塾主催の全国模試換算で偏差値65くらいまでは自習で伸ばせる。そのための三種の神器は、メルカリとスタディサプリ、そして学校。この三つですね。
その上で、特に利用して欲しいのは「学校」だと思っています。学費を納めて通っているわけですから、使い放題じゃないですか。しかも学校の先生は——自分自身も塾講師をやっていたのでわかるんですが——「教えて」と言われると、ちょっと嬉しくなってしまう。だから、こちらがリソースとして使えば使うほど、どんどん質が上がっていくんですね。こんなにコスパのいい人材はないなと思って、使い倒したほうが得だなと。
「読み聞かせ」と「ゲーム」が学びの土台
——そもそもの学力の土台は、どこで育ったと思いますか。
読み聞かせと、家にパソコンがあったこと。この二つが大きいですね。
母はお金がない中でも、ずっと自分に時間を使ってくれました。すごく話好きで、冗談も好きで、今でもしょうもない冗談を入れてくる人なんですが(笑)。読み聞かせは、一時期1日に4〜50回くらいやったと聞いています。毎週図書館で20〜30冊借りてきて、気に入った本は「もう1回、もう1回」とせがむので、ひたすら読み聞かせてくれました。
そのおかげか、小学校時代はずっと本を読んでいました。当時はファンタジー小説が大好きで、『デルトラクエスト』『セブンスタワー』『バーティミアス』『ダレン・シャン』『ハリー・ポッター』『ブンダバー』『二分間の冒険』、ミヒャエル・エンデの『モモ』とか『はてしない物語』など、図書館のファンタジーは全部読みました。今思うと、これが理解力に役立っているんじゃないかなと。
というのも、物語は個別の人物が関係性を持ち、その関係で結びついて、ストーリーが動いていくものです。個別の物事がどういう関係で成り立っていて、その関係性がどう変化していくのかを観測するのに、すごく役立つんです。物事同士の結びつきを「形」として理解する訓練になっていた気がします。
一方で、幼稚園から中高までひたすらゲームもやっていました。スーパーファミコンの『風来のシレン』というタイトルもかなりやり込みましたし、ストーリー系のゲームは大学に入るまでに100〜200本はやったと思います。あと家にパソコンがあったので、当時流行っていたフリーゲームも全部ダウンロードして遊びました。
ただ、ゲームをやるといっても、漫然とやるか、考えながらやるかで全然違うと思っていて。私はRPGが好きなんですが、たとえば「装備の買い替えに3,000円必要なのに手元に1,800円しかない。今ある装備を売ってもあと500円足りない。じゃあ外でお金を稼ぐか、消耗品を売って工面するか」みたいな判断があるじゃないですか。ああいうのを考えるのが割と好きなんですよね。「これが欲しいけど5,000円足りない。狩りをすると1時間かかるけどそれは嫌だから、一旦先に進んでみよう」という思考をずっと巡らせながらやっていました。これも考える訓練の延長線上にあったと思います。
『無能だったら東大に行け』——その真意
——『無能だったら東大に行け』という言葉の真意を聞かせてください。
生き残るための手段として、東大は非常にいい大学です。つまり、自分が社会的に弱い立場だと思うなら「東大」という権力を身につけて社会と渡り合ったほうが、状況は変わってくるということです。私自身、貧乏で学がないところから東大に行きました。実際「東大だから話を聞いてもらえる」というのは、すごくあるんですよ。
ただし、東大だからと言えるのは「会ってもらえるまで」であって、その先は結局、自分の能力次第です。だから生存戦略として東大を目指すのは非常に合理的だと思いますが、「東大に行ったから勝ち組になれる」かというと、それは本人次第。東大に行ってから何をするかまで計算に入れておかないと、いわゆる「東大までの人」になってしまうんです。
——最後に、子育て中の親へメッセージをお願いします。
お金の問題はどうしても先行します。お金がある中で一番いい教育を、一番いい塾を、と思うのは自然なこと。なるべくいい大学、いい中高に行ってくれたほうが友達の質も上がる、変な子も少ないだろう、というのも間違いではありません。中学受験や高校受験、大学受験の動機としてそれが出るのは当然です。
ただ、一つ申し上げておきたいことがあって、いい環境に行ったから”利益確定”できたかみたいなことはまた別の話なんですよね。だから、いい環境を用意すること自体は素敵なことだと思いますが、そのために自分が何を犠牲にしているのか。それは一度、ご家族で話し合われたほうがいいのではと思うのです。
東大理Ⅲの学生に何人もインタビューしてきて、失礼な言い方かもしれませんが、皆さん大体同じような動機で、同じような中学を受け、同じような進学塾に入り、同じような勉強をして、同じように東大に行くんです。テンプレートが悪いわけではありません。むしろ優秀だからこそテンプレート化されるわけですから。でも、テンプレートの人生で喜べるかというと、人間はそこまで最適化されていないと思うんですよ。
それに、今は能力さえあれば受験をしなくても道が開ける時代です。これまで手段がなかったところに、AIという手段が来た。能力があれば、子どもでも起業できるわけですから。むしろ「能力がないなら受験すればいい」とまで言えるところに来ているんじゃないか、とすら思います。
我が家を振り返ると、学力の土台をつくってくれたのは高い塾ではなく、母が時間をかけてくれた毎日の読み聞かせと、考えながら遊んだ経験でした。ですから、お金をかけることと同じくらい、子どもと過ごす時間そのものに価値があるのだと思います。




























