教育熱心はどこまで?
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不安定な社会情勢やSNSなどを通じて得る過剰な教育情報によって、子どもの教育に奔走し、過干渉な子育てをする親が増加しています。行き過ぎた「教育熱心」が及ぼす危険性とは?そして子どもを疲弊させないために、親がどうあるべきか、各専門家に取材しました。
2021.10.05
読者からお悩みを募集し、子育て、教育、健康など各分野の専門家にご回答いただく人生相談コーナー。今回は花まる学習会代表の高濱正伸先生が、「死」を恐れる子どもにどう説明すべきか悩むママの相談にお答えします。お悩みはオンラインで随時受付中。
「死」は、遅かれ早かれ誰もが向き合うことになるテーマです。
「死は必ず訪れる」という意味のラテン語の格言「メメント・モリ」という言葉があるように、人間の原点は「死」です。いつか訪れる死を思い、自分の死、愛する家族の死を恐れるからこそ、「嘘をつきたくない」「迷惑をかけたくない」「いい人生にしたい」「今を一生懸命生きよう」と思えるもの。
死について意識し、自分なりの哲学をもつこと自体はごく自然なことですし、悪くありません。
死を恐れることは理屈ではないので、発達段階にあわせて対応する必要がありますが、未就学児であれば、「大丈夫、まだまだ死なないよ」とぎゅっと抱きしめてあげるだけでいい。
体温のくもりや心臓の音でほっとして安心します。
相談者さんのお子さんは8歳ということで、3年生でしょうか。多くの子どもを見てきましたが、だいたい3年生の6月頃を境に大人っぽさや哲学への芽生えがあり、私はこれを“3年6月”と呼んでいます。
ちょうど先日3年生の保護者面談をしましたが、見事に「去年までは普通だったのに、最近うちの子はおかしい」「つっかかってくるようになった」「なにか不満そう」という相談がたくさん寄せられました。
「それは“3年6月”という時期を迎え、哲学を始める時期だからですよ」と説明したところです。
死がものすごく怖くなったり、自分と他者、社会とはどんなものなのかと考えたりする入口に立っているのです。
死にまつわる話題は、花まるの6年生の生徒とは必ずしますが、哲学の芽生えの時期の子たちにも、こんな風に話します。
「人は命をリレーしているから誰もが対等に、順番に死ぬんだよ。
地球の資源は有限だから、死がなければ地球上の命は溢れてしまう。だから、年長者から順番に先に死んでいくんだよ。
お母さんはあなたに命をリレーしたから、お母さんたちの代わりにその先何十年を生きてほしいし、あなたもいつか命をリレーしていけばいい。だから、死はちっとも怖いことじゃないんだよ」
そして、「いちばんの親孝行は親より先に死なないことだから、私より長生きしてね」というえば伝わります。
もうひとつ、子どもからの質問で多いのは「死んだらどうなるの?(どこに行くの?)」というもの。
死後の世界は誰にも分かりませんから、確かなことは言えませんが、各界で成功している方がたとお話をすると、例外なく「俺は守られていて、困ったら絶対に助けがくる」とおっしゃっていて、私も「死んだじいちゃんが守ってくれたのかもしれない」と思ったことが何度もあります。
私自身はあの世の存在を信じていませんが、目に見えない存在や先祖に守られていると思うことで、死を遠いものではなく、身近に感じられるという考え方もあるでしょう。
生と死が地続きにあるという仏教的な教えは救いにはなるかもしれません。
私自身は、死ぬことはもう一ミリも怖くない。これまでの人生で、たくさんの子どもたちを育てられたし、素敵な人間にたくさん出会えたので、いつ死んでもいいと本当に思っています。
肉体はこの世からなくなっても、花まるや私の教えを大切にしてくれる子どもたちが大人になり、次の時代を生きて、世界を支えてくれるんですからね。
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最近、8歳の次男が寝る前に「死にたくない。死んでしまったらどうしよう…」と泣きだすことがあります。 「まだまだ人生長いから死なないよ。毎日元気に暮らしていれば大丈夫」と話すと、今度は「ママが死んでしまったらどうしよう」と言います。
小学1年生頃から時々このようなことがあるのですが、幼い子どもに対して「死」について説明するのは難しく、どのように話したらよいのかアドバイスをいただきたいです。