熱中症だけじゃない。気候変動は子どものメンタル不調にも。親子で考える楽しい温暖化対策

熱中症だけじゃない。気候変動は子どものメンタル不調にも。親子で考える楽しい温暖化対策

気候変動についてはたびたび話題になるものの、どこか遠い世界で起こっていることだと思っている人も多い。しかし、気候変動は世界中で深刻な影響をもたらし、実際に子どもたちの健康にも被害が及んでいる。気候変動という壮大に見える課題に対し、親は何ができるのか。人類生態学や持続可能性と健康について研究する長崎大学の渡辺知保教授に話を聞いた。

夏の過酷な暑さや集中豪雨や、森林火災。昨今の気候変動を体感したことがないという人はいないだろう。

しかし、気候変動により、子どもを含め人々の健康が実際に脅かされ始めているということは知っているだろうか。

子どもたちのために、一般の親たちが気候変動に立ち向かうことはむずかしいことのように思うが、「ひとりひとりができることはたくさんある」と、人類生態学や持続可能性と健康について研究する長崎大学の渡辺知保教授は話す。

悲観的にならずに前向きに気候変動に向き合っていくための親の心の持ち方や、具体的に何ができるのか、教えていただいた。


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長崎大学熱帯医学・グローバルヘルス研究科教授、プラネタリーヘルス学環教授。

1989年東京大学大学院医学系研究科単位取得済退学。2005年~2017年東京大学大学院医学系研究科・教授(人類生態学)、2017年~2021年国立研究開発法人・国立環境研究所・理事長、2021年より現職(2022年〜2023年 プラネタリーヘルス学環長(初代))。東京大学名誉教授。保健学博士。日本健康学会・理事長(2017~2023年)、環境科学会・会長(2021~2023年)、日本学術会議第2部連携会員、Society for Human Ecology元第3副会長、Ecological Society of Americaヒューマンエコロジー部門元部会長も務めている。Planetary Health Alliance 運営委員,同日本ハブ代表


世界の気候変動の実際

ーー世界中で気候変動が起きているとニュースなどで耳にしますが、実際にどのような現象が増えているのでしょうか?

渡辺先生:まずは気温が上がっていることです。2015年に採択されたパリ協定(※)では、世界の平均気温上昇を産業革命前に比べて1.5℃以内におさえようと決めましたが、すでに1.5℃を超えてしまっています。

そして、気温が上がったことで世界の気象のシステムが変わってしまい、地域によっては雨がすごくたくさん降ったり、逆に降らなくなったりという現象も起きています。雨が降らないと地面の水分量が減るため、ちょっとした火種で火災が起きてしまい、その結果、森林火災も増えています。

※パリ協定:2015年の国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で採択、2016年に発効した気候変動問題に関する国際的な枠組み。世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をすると決められた

出典:令和元年度エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書2020) HTML版/経済産業省


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※写真はイメージ(iStock.com/mbala mbala merlin))

ーー平均気温が1.5℃上がるだけで、さまざまな影響があるんですね。世界では、温暖化が貧困増加につながっているとも聞いたことがあります。

渡辺先生:気候変動の影響にも経済格差が関係するという側面はあります。たとえば気候変動によってその地域に住むことが困難になったとしたら、裕福な人は、エアコンで影響を避けられるし、車で逃げたり海外に移住することもできます。しかし、貧困層の人は逃げることができません。

気候変動に伴う移住を研究する研究者は、「いちばん困っている人は、移住した人ではない」と言います。移動したくてもできない人が、もっとも困っている人なのです。貧困と気候変動が掛け合わさり、子どもの人権が奪われるという出来事が世界中で起きています。

コロナ禍の経済活動ストップでも減らなかった大気中の二酸化炭素

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※写真はイメージ(iStock.com/Arthit_Longwilai)

ーー2020年よりパリ協定が本格的に始動しましたが、状況は好転しているのでしょうか?

渡辺先生:好転しているとは言えません。

気温上昇を抑えるには、大気中の二酸化炭素をはじめとしてメタン、フロンなどいわゆる温室効果ガスの濃度が大きく関係します。パリ協定以前に1997年の京都議定書(※)などもあり、数十年前から温室効果ガスの削減に取り組んでいるはずなのに、二酸化炭素濃度は一向に減少しておらず、むしろ増えているのです。

ただ、温室効果ガスの排出量で見てみると、パリ協定以降先進国では伸びが止まり、横ばい状態もしくは国によっては減少しています。

ーー温室効果ガスの排出自体は少なくなっていても、大気中の二酸化炭素濃度にすぐに反映されることではないんですね。

渡辺先生:そうです。コロナ禍で世界中の経済活動がストップして、二酸化炭素の排出量がかなり減った期間がありました。それでも、大気中の二酸化炭素濃度にまでは反映されなかったのです。

※京都議定書:1997年に国連気候変動枠組条約締約国会議(COP3)で採択された気候変動問題に関する国際的な枠組み。2008~2012年について先進国全体の平均年間排出量が1990年(一部のガスについては1995年)より5%削減するよう、各国の数値目標が決められた

出典:京都議定書の要点/環境省


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※写真はイメージ(iStock.com/CHUNYIP WONG)

ただ皮肉なことに、二酸化炭素の排出量はがんばったら減らせるということが明らかになったコロナ禍でもありました。先進国が二酸化炭素排出量を抑えてくれていることは、希望の光ではありますが、これを一刻も早く差し引きゼロにまで持っていかなければなりません。

一方で、世界中の国が今掲げている目標を達成したとしても、+1.5℃にとどまることはもう不可能です。+1.5℃が目標であるべきですが、少なくとも一回は突破してしまうことが確実という状況です。

ーーやはり経済活動と温暖化対策の両立が難しいのでしょうか?

渡辺先生:一言では言い表せませんが、今の経済活動の仕組みはどうしても化石燃料に頼る、天然資源を掘って使って捨てる、二酸化炭素や廃棄物が排出される、という一方通行の仕組みになっています。

再エネ(再生可能エネルギー)をどんどん活用する方向になれば、エネルギーを使っても二酸化炭素が増えないということが実現できます。すぐにそれを実現できない政治的・経済的な背景がありますが、むしろ政治・経済のあり方を再考していかないとならないということですね。


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※写真はイメージ(iStock.com/Floriana)

異常気象による生態系の変化。虫が減っている

ーー日本国内でも異常気象が起きていますが、そうはいってもどこか他人事で捉えている人も多いのではないでしょうか?

渡辺先生:そうだと思います。最近は、35℃以上の猛暑日が増えていて、都市部ではヒートアイランド現象も重なり、夏は本当に暑いですよね。暑くなればなるほどクーラーを使い、排熱で暑さに拍車がかかります。猛暑日の日数を日本全国で平均すると、20世紀はじめでは年間1日未満だったのですが、現在は年間3日程度になっています。

私が子どもの頃は30℃を過ぎると暑さでうんざりしていましたが、今は30℃なんてむしろホッとするくらいですよね。熱さの感じ方が変わってきているし、もしかするとある意味で人間は強くなっているのかもしれません。しかし、どれだけ人間がうまく適応したとしても、冷房を使っても、体温よりも高い気温に長期間耐える方法はほとんどありません。


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※写真はイメージ(iStock.com/undefined undefined)

また、全体の雨量がそんなに増えているわけではないのですが、集中豪雨の回数が増えていて、50年前と比べると1.5倍くらいになっています。集中豪雨が多いことで、土砂災害も増えています。台風の発生数は変化していませんが、勢力の強い台風の数は増えています。

ーー大雨や強い台風は災害につながりやすいですよね。

渡辺先生:はい。あと虫が減っていることに気付いていますか?

ーーえ? 特に気にしたことはありませんでした。むしろ、韓国やフランスで大量発生したトコジラミの話なんかを聞くと、怖いなと思ったりしていました。

渡辺先生:トコジラミが大量発生しているというのは、それを取ってくれる虫がいなくなったという生態系の影響かもしれませんね。

蚊も減っています。東京でもここ数年、夏のいちばん暑い時期には蚊は出てきていないと思います。専門の方に聞いたところ、蚊の出てくる時期が秋口になってきているとのことでした。

ーー日本でも明らかな生態系の変化が起きているんですね……。


子どもの健康への影響。実はメンタルヘルスも深刻

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※写真はイメージ(iStock.com/yaoinlove)

ーー気候変動は、子どもの健康にどのような影響を及ぼすのでしょうか?

渡辺先生:やはりいちばんは猛暑日が増えたことで、熱中症の救急搬送が増えていることです。千人以上の人が熱中症で亡くなる年もあります。自然災害で千人が亡くなるということはなかなかないことで、どれだけ大変なことかわかると思います。

特に小さい子どもは熱中症には弱いです。それは必ずしも子どもが環境変化に弱いということではなく、自分で自分の限界を知らないから弱いのです。自分の好みの環境に移動するとか、適切なタイミングでエアコンをつけるとか、そのような行動が小さな子どもにはできませんから。そこは親がしっかりと環境を確保してあげないといけないですね。

あとは動物を媒介した感染症です。いちばん心配されているのは、蚊を媒介としたデング熱です。2018年に代々木公園を出発点として流行しましたが、そのようなことが増えてくると考えられています。デングやマラリアはワクチンがまだできていないので、国内で拡大するような事態が起きたら厄介です。

ーー猛暑日に蚊にさされないように長袖を着ていないといけないと言っても、子どもにはなかなか難しいですね。

渡辺先生:そう思います。これらに加えて、欧米中心に言われているのはメンタルヘルス。小さい子というよりは、思春期以降の若者が多いですが、けっこう深刻視されている国もあります。


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※写真はイメージ(iStock.com/takasuu)

ーーなぜ気候変動がメンタルヘルスにつながるのでしょうか?

渡辺先生:ひとつは、高音や異常気象で家にこもりがちになることの影響が挙げられます。また、気候変動に関する悲観的なニュースなどを見て、不安な気持ちになるということもあるようです。

煽るような情報もある一方で、逆にそんなの嘘だと言う人もいたりして根拠に基づかない情報が溢れていることも、将来を考える若者を不安な気持ちにさせていると思います。

ーー最近は気温差も大きいですよね。昨日と今日で気温が10℃近く違う日もあって、そういうことが続くと、心身ともに疲れてしまう気持ちはわかるかもしれません。

渡辺先生:それもあると思います。


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これをやれば解決、が難しい気候変動問題

ーー気候変動を止める方法は見つかっているのでしょうか?


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※写真はイメージ(iStock.com/Stadtratte)

渡辺先生:止めるには大気中の二酸化炭素の濃度がこれ以上増えないようにしないとなりません。気候モデルを用いた多くの研究の結果、地球の気候に大きな変化を生じないようにするには、2050年には、大気中に放出する二酸化炭素を±0にする必要があるとされています。±0にするというのは、大気中に二酸化炭素を出したら、その分を吸収あるいは回収するということです。排出を減らすか、吸収側を増やすか、両方やるか、ということになります。

吸収は通常は森林など植物にまかせているわけですが、これを工学的にやってしまおうというのがカーボンキャプチャーという技術で、大気中の二酸化炭素をつかまえて、それを固定して地面に埋めるとか、海に捨てるなどの方法が開発されつつあります。この方法で現実的に効果が期待できるのか、どんなリスクがあるのかなど課題も議論されていますが、少なくとも一時的な時間稼ぎとしてカーボンキャプチャーは必要だという専門家もいます。

あとは、ピナツボの火山灰のように小さな粒子を撒き、空に大きな「雲」を作って、太陽光をさえぎってしまえという驚くような方法も検討されています。排出量を減らしたり、カーボンキャプチャーなど吸収を増やす手段がうまくいかない場合に、緊急の手段として使わざるを得ないという事態はありえるかもしれません。

ーー地表に日光が届かないようにするということでしょうか?

渡辺先生:そうですが、全地球ではなく、たとえば北極や南極の上空だけ局所的にさえぎるということも考えられています。ただ、北極は北半球のさまざまな気候を作り出す原点のようなところがあります。天気予報でも「北極からの寒気団が広がって~」などと言いますよね。


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※写真はイメージ(iStock.com/SeppFriedhuber)

だから、北極の上だけを雲でさえぎったからといって、そこだけで完結することはおそらくなくて、結局は広い範囲に影響を及ぼす可能性が高いといえます。だからこそ、何が起こるのかきちんと議論をしておかないといけないと思いますが、十分にリスクを予想することは難しいので、やるべきではなく、そういう議論を始めること自体も好ましくはないという意見も強い。


地球温暖化は人間が起こしているのだから、人間が止められる

ーー個人単位で地球温暖化を止めることは難しいとは思いますが、親が子どもの健康のためにできることはありますか?

渡辺先生:たしかにひとつの家庭だけがこまめに電気を消すとか、省エネに気を付けたりする程度では地球温暖化を止めることはできませんが、世界のみんながそれぞれの立場でできることをやれば、止まるのです。これは重要なことで、結局地球温暖化を止めるのは個人なんです。

気候変動と聞けば自然現象だと受け止める人も多いかも知れませんが、気候変動は人間が起こしているのです。我々が起こしているのだから、我々が止められる。ただ、ほっておくと、人間の力では止められないフェーズがきてしまいます。


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※写真はイメージ(iStock.com/FG Trade Latin)

ーー今ならまだ間に合うということですね。私たちは具体的にどうしたらよいのでしょうか?

渡辺先生:まずは、考えること。たとえば政治家を選ぶのは私たちだし、商品を選ぶのも私たちです。気候変動や環境についてよい政策を掲げている人に投票するとか、環境に配慮されている商品を積極的に選ぶとか。

それと同時に、周りの人とも話し合って、個人ではなく集団の力になっていけば、政治も経済活動も変えることができます。

TCFD(※1)やTNFD(※2)の動きも出てきて、企業の活動が気候変動や生物多様性とどう関連しているかの情報も見られるようになってきています。どのような企業を応援したいのか、周囲の人とも話しながら考え、決めていくことが、有力な手だと思います。

※1 TCFD:Task force on Climate-related Financial Disclosuresの略。各企業の気候変動に対する取り組みを具体的に開示することを推奨する、国際的な組織。

※2 TNFD:Taskforce on Nature-related Financial Disclosuresの略。TNFDとTCFDとは相互補完する関係であり、TNFDは、自然環境や生物多様性への取り組みに主軸をおいている。


悲観や我慢ではなく、楽しい未来を創造する

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※写真はイメージ(iStock.com/kohei_hara)

ーー気候変動の状況を知ると、悲観的な気持ちになってしまう人もいるかもしれません。

渡辺先生:気候変動を止めるとか、生物多様性を守るということは、必ずしも我慢をしたり、原始時代のような生活をすることではありません。もちろん我慢しないといけないこともありますが、より生活や社会をよくしながら、みんなで気候変動に対することも考えていく。楽しい方法は必ずあると思います。

たとえば休みの日の過ごし方にしても、車ではなく自転車で旅行をしたら楽しいかもしれない。遠くまで行かなくても楽しい場所はたくさんあるし、新しい発見もあるでしょう。

先ほど虫が減っているという話をしましたが、子どもにとっては虫取りをして観察するのも楽しいですよね。環境をうまく保存しておき、未来の子どもたちにもそのような楽しみを残しておいてあげたいと願います。

ーー最後に、未就学児の保護者に伝えたいことはありますか?

渡辺先生:まだ今の状況であれば、自分たちの手で変えられるという意識を忘れないでほしいです。専門家だけに任せるのではなく、自分たちで考え、声をあげていくこと。


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※写真はイメージ(iStock.com/SetsukoN)

経済や社会の仕組みをどう変えていくのか、ひとりひとりが考えないといけません。モノづくりの専門家、社会の制度を作る専門家、いろいろな分野を専門としている人がいますが、一般の皆さんからのアイディアがあれば、喜んで聞いてくれるでしょう。

親が子どもの健康のためにできることとして、新しい社会づくりに積極的に取り組む親の行動を見せていくことが、すごく重要です。知恵を絞ってみんなでがんばって解決していく問題だと、小さいうちからわかってもらうことが必要だと思います。


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