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【内田舞】SNSで心無い言葉を受けた時のために知っておきたい「心理操作術」とは?#1
いま保護者が知っておきたいネットリテラシーを、コミックエッセイストのハラユキさんと一緒に学ぶ企画。今回は、著書『ソーシャルジャスティス』で医者、そして母親の立場から社会の差別や分断を乗り越える考え方を発表した内田舞さんに、”SNS炎上”のメカニズム、その背景、”炎上”から心を守る方法について伺いました。<全3回中1回目>
アメリカからのワクチン啓蒙が日本でなぜ”炎上”したのか
私がSNSで”炎上”を経験したのは、2021年1月のことでした。きっかけは、『ソーシャルジャスティス』の表紙にも採用したこの写真です。
アメリカ在住の医療従事者ということで、世界の中でもかなり早い時期に新型コロナワクチンを接種しました。この写真は、私が所属しているハーバード大学付属病院の広報担当者が、ワクチン情報を世界に発信するアカウント掲載のために撮ったものです。
当時私は第三子を妊娠中で、この後接種を控えた妊娠中の女性たちに向けて、私が接種を決めた理由などを話してほしい、と広報から話がありました。そういった意図で撮られたこの写真が、日本で大きな反響を呼んだのです。思ってもみないことでした。
今では日本でも世界的にも妊娠中の新型コロナワクチンは推奨されていますが、その頃日本ではまだ接種が始まっておらず、ワクチンに対するさまざまな不安が広がっていました。また、「ワクチンを打つと流産する」「不妊になる」といった誤情報も拡散されていた時期です。
こういった背景があり、私のもとへさまざまな日本のメディアから取材依頼がありました。そしてそれだけではなく、私個人に向けたネガティブなリプライも大量に届くようになります。「最悪の母親」「幼児虐待」と言った誹謗中傷は数千件にも及びました。
ワクチン接種という選択が私とお腹の中の赤ちゃんを守るものだということは科学的に明確でした。にもかかわらず、「お腹の赤ちゃんが死ぬ」といった言葉をかけられ続けて、私もつい胎動を気にしてしまったり、日本のワクチン忌避がさらに進まないよう健康な子を産まなければ、といった要らぬ責任を感じたりしてしまったのも事実です。
この経験からさまざまなことを考えました。SNSの誹謗中傷に関してはいくつかの論点があるので、記事を3つに分け、ひとつひとつ考えていきたいと思います。まずは、SNSと私たちの関係から考えていきましょう。
SNSがネガティブな感情のはけ口に
私は精神科医として、感情の仕組みを脳神経科学の観点から研究しています。個人の感情が集まって起きる現象や社会的な影響などは私の研究対象です。SNSはまさに、個人の感情の集まるひとつの場です。
さて、どうして私たちはSNSが好きなのでしょう。それは、私たちには承認欲求があるからです。恥ずかしいものと捉えられることも少なくないのが承認欲求ですが、人間として、持っていて当たり前のものです。
人間は社会的な生きものなので、ひとりで生きていくことができません。太古の時代から集団を作ることでサバイブしてきました。そういった過程において、集団の中で承認されることは、生存において有利であり、好ましいものとされてきたのです。
生存に好ましいことを認識すると、脳内ではドーパミンという神経伝達物質が大量に発生します。私たちはドーパミンの放出で興奮や快楽を感じるため、再び同じ量の放出を求めるようになります。
話をSNSに戻すと、「いいね!」などのリアクションをもらった時にも、脳内には報酬に反応するドーパミンが発生します。つまり、SNSは人間の進化の過程で作り上げられた脳のメカニズムを巧みに利用したビジネスとも考えられます。離れようと思っても離れられない中毒性がSNSにはあるのです。人を傷つけたい。人に勝ちたい。そういった欲求でいっぱいになると、会話の本質を見失い、論理がねじれていても気が付きません。
ねじれた論理によって相手を弱い立場に押し込もうとする心理操作は、実社会では職場のハラスメントやDV、虐待やいじめなどにおいてもよく使われます。同じように、SNS上の議論でも、こういった心理操作がなされます。
このような攻撃を受けた時、知っておくと役立つかもしれない言葉をいくつか紹介します。
SNSで使われがちな心理操作術6選
Whataboutism(そういうあなたはどうなのよ)
日常会話でもネットの議論でも頻繁に表れるねじれの一つで、「そっちこそどうなんだ主義」や「おまえだって論法」とも表現されます。
自分の問題点を指摘されたと感じた時に、「そういうあなたはどうなの?」と相手の欠点などを指摘することで、本来の論点から逃げることです。
私が日本のコロナ対策やワクチン啓発について発信した時、「でもアメリカの方がコロナ感染状況が酷いじゃないか」といった反応がありました。これも「Whataboutism」です。
実際、アメリカの感染状況は最悪でした。だけど、アメリカの大失敗が、私の解説した論文の科学的な内容を変えるかと言ったらそれは違います。私が住んでいるのが日本でもアメリカでもどこに住んでいたとしても、論文は論文です。
同じように、日本のジェンダー問題や性的同意に関して発信すると「日本よりもアメリカの方が性犯罪が多い」「だからアメリカ在住の日本医師の話なんか聞く必要ない」というコメントを受けます。
しかし、そもそも日米の性犯罪報告数に関しては、性犯罪の定義も、通報のしやすさも違うため、同列に比べられるものではありません。端的に言えば、日本は性犯罪を通報しにくく、性犯罪として認定を受けにくい。
仮に、アメリカの方が実際に性犯罪が多かったとしても、だからと言って、日本の性犯罪やジェンダー問題に言及する意味がないかと言えば、そんなことはありません。
「あなたの住む国はどうなの?」と批判したところで、自分の国にある問題は解消されません。相手の立場を批判することで議論の本質から逃げているだけ、ということになるでしょう。
Strawman Strategy(藁人形法、かかし術)
Strawman(ストローマン)とは、中身のない藁人形やかかしを指します。これは、相手の論点に直接反論するのではなく、相手の論点とは異なるダミー(かかし)のような論点を別に作り出して、それを攻撃する手法です。
たとえば、「夜9時までに帰ってきてね」と友だちとおでかけする子どもに伝えたとします。友だちと時間を気にせず遊びたい子どもは、「そんなに早く帰らなきゃいけないなんて、お母さんは私に友だちを大切にしてほしくないんだね」と答える。これに対して親側としては「そんなこと言ってない」という話になりますが、こういったStrawman Strategyはいろんな場面で使われます。
Strawman Strategyは本質の議論に取り組むことが、自分の方の非を認めることにつながる時、自分の非を認めたくないがために相手への反感が高まる時、無意識に使われることが多いのです。言われた方は「この話の本質は?」と立ち返って考える必要があります。
Gaslighting(悪いのは被害者?)
DVで使われる論法として知られています。精神的な虐待やいじめなどの被害を受けている人に「実は悪いのは自分では」と思わせる心理的な操作方法です。
呼び方は1944年に映画化もされた『ガス燈』という舞台に由来しています。夫が家の中でさまざまな細工をして不可解な現象を起こし、おびえる妻に「あなたの勘違いだよ」と言って精神的に追い込むという物語です。
たとえば、言葉の暴力があったとして、被害を受けた側が怒ったり傷ついたりする。それに対して加害者側が「あなたの心が弱いからだ」とか「そういうふうに捉えるほうが間違ってる」、あるいは「冗談だよ」「真面目に捉えるなよ」など、受け取る側の問題である、と言って相手を追い込むのがGaslightingです。
Ad Hominem(人格を否定することで、相手の意見を否定する)
主張そのものに具体的に反論するのではなく、発言した人への人格攻撃によって主張の信頼性を失わせる手法です。
たとえば、私がワクチン啓発をする中で「妊婦なのにノースリーブなんか着てる」といった批判がありました。ワクチンは二の腕に打つので、老若男女が肩を出すことになります。にもかかわらず、私を性的に批判することによって「この人の学術的な意見は聞く価値がない」といったように論理をすりかえられているのです。
Middle Ground Fallacy(両極論の中間地点が正しいわけではない)
双方の対話や経験の共有の先に行きつく結論が、常に両極の意見の中間にあるわけではありません。
たとえば、公民権運動で目指すべき終着点は、人種も性別も関係なく誰にでも平等に権利が与えられることです。「権利は白人のみに与えられるべきだ」という白人至上主義と、「有色人種も白人と同じ人権を持つべきだ」という対立意見の中間地点が正しい結論ではありません。
科学においてはさらに顕著です。地球上に重力が存在すると思う人と、存在しないと信じる人の議論においてどんな論点があったとしても、「重力が存在する」という事実は変わりません。
このように、科学では両論併記の意味は非常に薄く、「正確な事実」と「誤った認識」とに白黒がはっきりするケースが多いのです。
しかし日本のコロナ報道では、科学的な根拠を持ったワクチンの治験などの結果と、データの解析などをしていない非専門家の意見やスタジオでの会話、街にいる人の不安の声などを取り上げ、ワクチンを推奨しない人との対立構造を作り出すものが多く見受けられました。
このような報道が、科学的な検証を無視する人たちに不当な力を与えてしまったのでは、と考えています。
Appeal to Popularity/Bandwagon(多数決で正誤は決まらない)+Hasty Generalization(一つの例が全体を代表するわけではない)
一つのグループで、多数決で多くの票を集めた方が正しいわけではありませんが、一見そのように見えてしまうこともあります。
ナチス・ドイツでユダヤ人虐殺政策を指揮したヒトラーも、国民の投票で選ばれた政治家です。今では彼の思想が正しかったと思う人はほとんどいないでしょう。ですが、当時は多数決で人気が出てしまったのです。
同じように、SNSの「いいね!」の数だけでそのものの価値や科学的情報の正誤が決まるかと言うと、そんなことはありません。
また逆に多数ではなく、一つか二つの例を見て、それを一般化してしまうことをHasty Generalizationと言います。
われわれ人間は、ストーリーに心を動かされます。だから、たくさんの人数の治験結果よりも、ひとりの人のワクチン副反応の具体例が心に響くことがあります。それで、治療への抵抗感を持ってしまうことがあるけれど、その時に、より多くの人数には何も起こらなかったという治験結果は無視されてしまいます。
また、政治の場や組織の意思決定の場に、ひとりは女性を入れるよう目指すと公言する起業や行政がありますが、ひとりだけ女性が入ったところで、その方が女性全体を代表して発言するのはかなり難しいことです。
かえって、「女性がいるとやっぱり面倒だ」などと思われないよう、自分の意見を言わず、男性たちの意見に同意する、といった状況さえ生まれえます。
こういった背景がありながら、ひとりの女性の意見を女性全体の意見としてみなすことは、Hasty Generalizationの事例の一つだと言えます。
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Profile
内田舞
小児精神科医、ハーバード大学医学部准教授、マサチューセッツ総合病院小児うつ病センター長、3児の母。2007年北海道大学医学部卒業、11年イェール大学精神科研修修了、13年ハーバード大学・マサチューセッツ総合病院小児精神科研修修了。日本の医学部在学中に、米国医師国家試験に合格。研修医として採用され、日本の医学部卒業者として史上最年少の米国臨床医となった。著書に『ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る』、『REAPPRAISAL(リアプレイザル) 最先端脳科学が導く不安や恐怖を和らげる方法』。
Profile
<漫画>ハラユキ
<取材>ハラユキ、KIDSNA編集部
<執筆>KIDSNA編集部