「迷惑系外国人」と言われても仕方ない…旅館店主の夫婦が見た「ばけばけ」モデル・小泉八雲のヤバすぎる素顔
熱い風呂に「ジゴク、ジゴク!!」と怒る困った客だった
Profile
NHK「ばけばけ」では、小泉八雲をモデルにしたヘブン(トミー・バストウ)が日本文化に興味津々な姿が描かれている。八雲は、実際どのように過ごしていたのか。ルポライターの昼間たかしさんが、寄宿先だった冨田旅館の夫婦が残した文献などから史実に迫る――。
「宿の変更」「糸こんにゃくに腰が抜ける」はすべて実話
NHK朝の連続テレビ小説「ばけばけ」。ついにアメリカから英語教師レフカダ・ヘブン(トミー・バストウ)が松江にやってきた。そこで描かれるのは、興味の赴くままに歩き回ったり、突然キレたりするヘブンと松江の人々の初めての異文化交流だ。
松江の文化に興味津々なヘブンは、本当に自由に振る舞う。県のほうでは、歓迎式典も準備、宿泊のために立派な旅館も用意していたというのに、目に付いた生瀬勝久と池谷のぶえの夫婦が切り盛りする花田旅館に寄宿することを決めてしまう。
そこでの食事シーンも驚きの数々、大量の卵を割って飲み干すヘブンに日本の人は困惑する。かたや、ヘブンは初めて見る糸こんにゃくに、腰を抜かして驚く……。
なんと、そんなエピソードのほとんどは実際にあった出来事なのである。
実際に八雲が滞在したのは、松江市末次本町にあった冨田旅館。現在はその事業を継承した大橋館という旅館があり「小泉八雲ゆかりの宿」として営業され石碑も立っている。
その旅館を営んでいた冨田太平とツネ夫妻が後年口述したものをまとめたのが『冨田旅館二於ケル小泉八雲先生』である。この文書は長らく冨田家に秘蔵されていたが、2019年に地域誌『湖都松江』Vol.37に全文掲載され、広く知られることになった。
宿が変わったのは本当に偶然だった
そこに記された記述を読むと、単なる尊敬されるべき文豪ではない独特の感性を持った八雲の人となりが見えてくる。以下、その内容を紹介していこう。なお原文は漢字と片仮名混ぜ書きの文語体だが、読者の読みやすさを考えて現代語訳して掲載する。興味を持った方はぜひ原文も読んでみてほしい。
この文書は、1890年8月に八雲が松江に到着したところから始まっている。そこでは、八雲が冨田旅館に寄宿することになったのは、本当に偶然だったことが明らかにされている。その経緯というのはこうだ。
かねてより県庁学務課では、ヘルン先生の下宿を今店(現・松江市末次本町)の皆美という旅館に決めていました。そのため、米子から蒸気船で到着した先生は人力車で皆美にいかれました。ところが、なにが先生の気に入らなかったのか、さっき通り過ぎたところにちょっと目に付いた旅館があったので、あそこへ案内せよということであったようです。因縁というものは不思議なものです。
夫妻は、たまたま八雲を乗せた人力車が近くを通ったのも、松江大橋が工事中で仮の橋がかかっており、蒸気船を降りてから皆美へいく道が変わっていたからだと、奇縁を語っている。
こうして通訳の真鍋晃(編集部注:真鍋についてはこちらを参照『「憧れの日本」に来たのに金ナシ、職ナシに…「ばけばけ」モデル・小泉八雲をどん底から救った「横浜の恩人」』)をともなって寄宿することになった八雲だが、突然外国人が滞在することになった冨田旅館、それに県庁の役人も大慌てである。既に皆美に運び込んでいたテーブルや椅子を慌てて移動させなければならないのである。





























