「はて?」「スンッ」…朝ドラ最高傑作「虎に翼」のごく短い台詞が、視聴者の共感を集めた本当の理由
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大好評だった朝ドラ「虎に翼」。作家・山内マリコさんは、ドラマが「法と平等」の意識を日本人に喚起したと語る。
エキストラの演出に制作側の気合を感じた
私はNHKの朝ドラ(連続テレビ小説)は毎回チェックしているクチなのですが、「虎に翼」は第1週で、「これはすごい傑作になるかも⁉」という予感がしました。
まず惹き込まれたのは、エキストラの演出です。朝ドラとしては珍しくオープンセットで引きの画があって、街の人たちの姿が映り込んでいました。主人公の寅子は比較的裕福な上流家庭の娘で、彼女だけを描いたら、恵まれた特別な子の話になってしまう。ところがその背景に、男の子にいじめられてトボトボ歩く女の子や、行李を担ぐ行商のおばあさんの疲れ切った姿などが溶け込んでいるんです。
御茶ノ水の橋のたもとで寅子が六法全書を手に「これから頑張るぞ」と決意をする周りに、様々な女性たちが前に進もうとしている姿が、さりげなく描き込まれていました。戦前の女性たちがどれだけ虐げられ、生きづらさを抱え、人権のない状態で暮らしていたか。そこをきちんと描こうとしているのだと、脚本の吉田恵里香さんや制作側の気合を感じました。
女学校を卒業した後、基本的には結婚しか選択肢がないのですが、寅子は「なぜなのか理由はわからないけど、結婚するのは嫌!」と感じている。
この“もやもや”への答えが、たまたま書生の優三さんにお弁当を届けに行った夜学の授業ではっきりします。
聞くともなしに寅子の耳に入ってきたのは、「女性は無能力者である」という明治憲法下での民法の規定です。「はて?」と疑問を持った寅子。「うちの母は無能力者ではないし、責任能力もあるし、父よりしっかりしている」と発言し、男子学生の嘲笑を浴びます。
明治の民法では女性は財産、負債、訴訟、贈与、相続などについての契約は結べないことになっています。未婚だったら父親、既婚だったら夫が結ぶしかなく、妻が監督できるのは家事などについてだけで、社会的権利は妻にはないと明記されています。どうしても納得できない彼女に対し、その場にいた、後に恩師となる穂高教授が、大学で法律を学ばないかと勧めます。
朝ドラには「女性の自立を描く」というミッションがあります。結婚を嫌がるのは、女性を主人公としたドラマでは定石なのですが、結婚の何が嫌なのか、結婚とは何を女性に強いるのかまで描写する作品はなかなかありません。戦前ばかりでなく、男女平等を謳った現憲法下であっても、人々の意識は明治の家制度や家父長制に縛られている。結婚とは、女性を束縛したうえに成り立っているものだという、前提を理解している脚本家が書くのと、そうでない脚本家が書くのとでは、朝ドラの意味が全く変わってきます。吉田恵里香さんは、女性差別の根本的な構造を踏まえたうえで、法律のことをものすごく勉強されて書いていることが第1週目からわかって、「このドラマは信用できる」と確信しました。